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沖縄空手|館長のブログ

南高梅干のチトゥ・・・

今日、実家を訪ねた。
玄関を入ると、ほのかな香りがした。
梅干用の完熟した南高梅があった。
その生産地として、和歌山県が知られる。
時期到来、母が梅干の漬け込み作業ようだ。
この南高梅は果肉が柔らかく、その味や食感もさることながら、丁寧な手作業を要すという。
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母は、その梅干が柔らかく漬けあがった頃、息子・娘へ、お裾分けするのを楽しんでいる。
帰りにチトゥ(土産)として、前回漬けた梅干を分けて貰った。
梅干を食する日本人は梅干を見ただけで、唾液が分泌される。
梅干を食べたことのない外国人は、梅干を見ただけでは、唾液の分泌はないという。
それって、本当の話しだろうか・・・


2008年6月30日 15:10 |

ちょっと遠出の講習会

2週間ぶりの審判講習会があった。
今回は、名護市の拳勝会本部道場だった。
中南部からだと、ちょうどドライブに良い距離だ。
そうは言っても、同僚車両への相乗りです。
本島北部へは、3月中旬のちゅら海水族館へ行ったとき以来だ。
しかも、今回は海岸線に沿って移動した。
久しぶりに、外の景観を楽しむことができた。
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遠くでの開催だが、会長をはじめ、多くの審判部員が顔をそろえてくれた。
広々とした道場内で汗びっしょりで、皆真剣顔の講習会だった。
ユーモラスなメンバーも居て、時には笑いが溢れた。
本番までの講習会も残りわずかですが、しっかり取り組んでいくことを確認した。


2008年6月29日 15:07 |

トンでもない!

以前、ベトナムのメコン川の船上店舗で、看板なるもの聞いたことがある。
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当地は、竹ざおに吊り下げた特産の品を看板にするという。

さきほど、那覇市内の市場である品を発見した。
お頭にお花をかざし、サングラスをかけた豚の顔である。

この写真を見て思い出す。
○○大学医学部のある教授が、昔、沖縄の長寿について講演したことをあった。
この教授曰く、「沖縄の長寿は、豚を食する食習慣だ」と・・・。

でも、豚を食する今の人の平均寿命って、心配ですが・・・


2008年6月28日 15:04 |

美味しいメロンを頬張る

今日は、宗家道場での自主稽古へ行ってきた。CA330027.jpg
あいにく、雷注意報の発令で、気になる空模様だ。
道場内も薄暗く、蛍光灯を点けての稽古だ。
昨日は気温が31℃まで上がったが、今日は幾分下がったようだ。
それでも、暑いことに変わりなく、定置基本稽古を進めるときから汗びっしょり。
アーナンクーからセーサン・・・と進み、チントーあたりの稽古に入ったときだ。
雷以上の大きな音で、「休憩!!」と甲高く大きな声がした。
常延先生が、自らカットしたメロンを道場まで運んでくれた。
途中で一旦、稽古を止める。
暑い中、先生のあり難い差し入れに感謝し、先生と一緒に頬張る。
汗を一杯かき、こんなにも甘く美味しいメロンを食べるのは最高の気分だ。
おかげで、先生との談笑は、いつも以上に盛り上がった。
常延先生、ご馳走様でした・・・、ありがとうございました。
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2008年6月26日 14:57 |

鶏口牛尾?

中国から伝えられた漢字は、長い年月を経て日本人の言語生活に定着した。
日本人の鋭い造語感覚によって、多くの熟語が、また創られている。
斯道の大家の著書を読む機会があった。
空手の秘技を語るテーマであった。PIC00037.jpg
一撃必中の拳技として、裏拳、掌底、猿臂、そして鶏口拳を挙げている。
本部朝基先生は巻藁を重視して、一本拳で巻藁を突いたといわれる。
その本部朝基先生が大正10年に外人のプロボクサーと対戦して一撃で倒した話しは有名である。
極めて近い間合いで放った鶏口拳で沈めたともいわれる。
これゆえ、「鶏口は牛尾に優る】という諺で、秘技「鶏口拳」を詳しく著述している。
読み終えたあと、気になり辞書を開いた。「鶏口牛後」を語彙を確認した。
「大きな団体で部下になっているよりも、小さい団体でも かしらになった方が精神衛生上いい」とあった。
何か、全然、意味が違うような感じですが・・・
先人の発想の豊かさにはビックリ。
一本の指拳を鍛え尊び、気を込めて放せば、一撃必殺の秘技となるであろう。


2008年6月25日 14:52 |

慰霊の日

今日は慰霊の日だ。k45.jpg 先の大戦で住民を巻き込んだ地上戦が沖縄であった。
旧日本軍の組織的戦争が終わって63年目を数える。
この戦争で県民の4人に1人が犠牲になったという。
県民は、この悲惨なできごとから、多くのことを学んだ。
戦争では子供や女性も関係なくその犠牲になった。
旧日本軍は、県民を守ることはなかった。
二度と"戦さ世"にしてはならぬ、"命どぅ宝"と・・・この御霊を悼み、平和を尊ぶ意志をしめす日として各地で慰霊祭が行われる。
毎年この時期になると、拳聖喜屋武朝徳先生のことが頭に浮かぶ。もちろん、私は戦後生まれの戦争を知らない世代なので先生の最期は知らない。k46.jpgただ、先生の死亡原因が、旧石川市の捕虜収容所での栄養失調とされている。
かつて、拳聖の子や孫を招いての先生を偲ぶ会に参加したことがある。また、先生が唐手研究所を設置したといわれる比謝矼近郊や慰霊塔、なくなられた場所の石川捕虜収容所跡を訊ねたことがある。
戦争の悲惨さは二度と起してはいけないと・・・
又、拳聖と謳われた喜屋武朝徳先生の生命まで奪ったことを忘れてはならないと・・・
恒久平和を願うものである。(合掌)


2008年6月23日 14:48 |

型の系譜は誰?

8月の型選手権大会に向けて道場主会へ参加した。
全沖縄空手道連盟は、県下で老舗の団体であることは自他認めている。
しかし、近年、参加人数をめぐっての課題も提起されている。
とりわけ、中学生や高校生のエントリーが少なく、頭を悩ませている。
その背景に中体連や高体連の空手競技が壮んに行われ、学校の部活を中心に取り組まれている現状に関して興味深い報告があった。t05.jpg
ある流派の年配の話しですが、昔、自分たちは全空連へ伝統空手の型を教えた。
その全空連が、今度は、その沖縄で傘下の学校の先生へ型を"試合用の型"として指導しているという。
学校の先生は、学校の部活動において、毎日のように"試合用の型"を生徒に教えている。
その生徒たちが町道場へ週2回程度通い、伝統型を教えられても、学校で教えられた"試合用の型"に勝てっこないと嘆いていた。
現在の空手の伝授方法が"試合に勝つ為の練習"になっているようです。
あなたの空手の型の系譜は誰でしょうか。
訊ねられたとき、学校の先生も生徒も、その質問にきちんと答えられるでしょうか。
今や、指導者としての立場をわきまえて、空手道の道統を証し、系譜を語る意味はないだろうか。


2008年6月22日 14:46 |

型の選手権大会に向けて

8月に全沖縄空手道連盟主催の型の選手権大会が開催される。
今日の稽古は、主に型の選手権大会にむけて、試合方法のオリエンテーションを中心に行なった。
現在、当連盟審判部会で講習会を進めているので、これに基づいて説明した。IMG_0256.jpg試合コートへの入場方法や礼法、演武開始・終了、審判の判定、退場の仕方など、学習させた。
本番まで、残り50日程度である。多くの練習生がエントリーできるように励ました。
大会で勝ち残る為には2種目以上の型演武が必要である。
今後の練習は、型を絞り込んで稽古させていく。
ポイントは、①技の規範性と極め、②機敏性、③演技力などであるので、一つ一つ型を丁寧に、ゆっくりと、力強くやれるように指導していきたい。


2008年6月21日 14:43 |

武道の競技化

空手(唐手)に組手試合が導入されてから何年になるだろうか。
国内で最初に組手競技を行ったのは、全日本学生空手道連盟主催の第1回学生選手権大会で、昭和30(1955)年のことである。 CA240057.jpg
しかし、東京帝国大学唐手研究会所属の学生を中心に防具付の唐手試合が始まったのが昭和6・7年頃というから、この時から、77年余を数えることになる。しかも、組手試合用防具の研究開発まで行っていたというので、その先見性には敬服せざるを得ない。
ところが、この年数のわりに、試合方法やルールの統一化が進んでいない。
一撃必勝の徒手空拳が持つ武術性や武道性を、試合化の遅れた理由にあげている。
一方、同じく武術から道に改められた柔道や剣道は早くから競技が導入された。
今や、その試合は競技として国際的に認知され、好評を博している。
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例えば剣道だと、竹刀を交えた瞬間、二つが鬩ぎ合う。
対峙した相手と中心線と間合いの取り合いだ。
中心線の取り合いとは、自分の喉下に向けられた巾3cmの竹刀の先端を払いのけて、戻されたりする微妙なかけ引きだ。 IMG_0269.jpg
相手に中心線を取られたまま技を出すと自分がそのまま突かれてしまう。
間合いは相手との距離の取り合いだ。
1cmでも距離を読み間違えれば、技は死んでしまう。
間合いと中心線、一撃を放つべき瞬間が、二つの探り合いの中に眠っているという。
偶然ではない狙いすました技のタイミングを身体に覚え込ませるため日頃から稽古するという。
「気剣体」の一致、出そうと思っても、そう出るものでないらしい。
勿論、「心技体」の一致の空手道にも当てはまることだが、今後の空手道の競技化に注目したい。


2008年6月20日 14:37 |

自主稽古IN宗家道場

梅雨明け後、晴れた日が続いている。
午前中から温度計は室内で30℃を示している。
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この真夏日の中、午後から宗家道場へ自主稽古に出かけた。
基本稽古の最中から、大粒の汗で、道着はびしょびしょで絞れる状態である。
自分を追い込む稽古方法を心がければ、自主稽古でもかなりの効果が得られる。
言うまでもなく、突き・蹴り・受けなど、一つ一つの形を、全力かつ丁寧にすることは、伝統空手の稽古方法であるからだ。


2008年6月19日 14:35 |

梅雨明け

沖縄気象台が沖縄地方の梅雨明け宣言をした。
といっても近年は「・・・・梅雨明けしたとみられる」とアバウトに発表するので何か意味でもあるのだろうか。
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今年の梅雨入りは広島出張の5月22日だったので随分と短い期間である。
新聞では今年の梅雨の期間は26日間で、平年に比べ20日も短く、観測史上3番目に短いというから驚きである。
温暖化による異常気象との関連性は特に触れられていない。
そのまま本格的な夏が来て、少雨傾向が続くことになれば水事情が悪化する。
また、台風の多発傾向も報道されているので気になるところだ。


2008年6月17日 14:33 |

久々の審判講習会・・・

全沖縄空手道連盟第14回型選手権に向けて、審判講習会が行われている。
初回の前回は、広島の演武会への出張で参加できなかったので、今回からの参加だ。
数年前の全沖加盟時以来の参加なので久しぶりの講習会である。
判定方法も得点形式から旗方式に変わっているので分かり易い。
審判部会長が予めレジメを準備しているので進行も速かった。
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予選は5名の審判、決勝は7名の審判、3コートの設置を考えると相当数の審判が必要だが、今の参加人数では絶対数が不足である。試合監査の設置や型のエントリー方法など細かい説明があった。
本番までに2週に1回のペースで開かれるので、大会を成功させるため、多くのメーンバーに参加してもらいたい。
同時に、与那原教室からのエントリーも具体的に準備を進め、多くの子供たちを参加させたい。


2008年6月15日 14:30 |

ハーリー鐘と共に・・・

今日は与那原教室の稽古日だ。
暦は芒種に入り、先週より熱さが一段と増しているのが分かる。
稽古前の調身・調息・調心として座禅するが、子供には、暑い中の3分間は長いようで落ちつかない。
定位置基本稽古から移動基本稽古と進むが、びしょびしょの汗まみれの状態だ。
適時、休憩を取り、充分に水分補給も行なう。
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クーラーを要求する子もいるが、稽古場では、汗は付き物だと言い聞かせる。
今どきの子供は、学校でも暑くて、冷房の効いた校長室へ足を運んでいるという。(笑)
旧暦5月5日の海神祭も過ぎ、与那原町当添区では明日、はりゅう舟競争だという。
沖縄ではハーリー鐘とともに梅雨空が明け、本格的な夏を迎えるという。
暑さは増しても、ジメジメとした湿度の高い状態から早く脱出したいものだ。


2008年6月14日 14:28 |

文武両道の人とは

斯道を志す者にとって、この言葉は理想である。
文武両道という言葉を知らない人は、まずいないでしょう。
でも、ほとんどが、この意味を「文も武も同じように大事である」と理解していると思います。
辞書でも「文武は車の両輪」として同じ説明が載っています。
だが、もの言うだけで実行が伴わないと意味はあるでしょうか。
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沖縄の言葉に「思むと~てぃ、さん者が、ぬ~役立つが」(知っていても実行しなければ何も役に立たない)という言葉がある。
これは、「知行合一」とも言っていますが、知ることと行うことが一致すべきという陽明学的な考えです。
これが「文武両道」の本当の意味ではないでしょうか。
文と武が別々に並行してあって、両方に習熟することではない。
真の「文武両道の人」とは、学習したことと、それによる行動が互いに影響し合って、より高いものをめざしている人ではないでしょうか。


2008年6月12日 14:25 |

呼吸鍛練法で「数息観」を

日頃の稽古で、呼吸鍛練法として、セーサンの型を繰り返し行っている。
鼻から短く吸って、口から長く吐くという禅の呼吸と同じ方法である。
人間、誰しも呼吸を止め続ければ死ぬ。
しかし、呼吸は無意識にやっているものだから誰も注意を払わない。
西洋では、近年、心と身体の調整や形成法の一環として、呼吸による自律訓練法や自己統御法が考案されている。sunflower.jpg
東洋では、古くからヨガ、禅、武道が、心身の鍛錬法として、呼吸が、その役割を果たしている。
沖縄空手の呼吸法も、その役割を果たす代表的なもののひとつである。
下腹部で息する気持ちで静かに長く息を吐き、吸う息短く、吐く息長く、一つ、二つ、三つと声をたてず繰り返す。やがて数えていることも忘れて三昧境に入る。いわゆる、これが数息観の境地である。
流れ動く心の作用やいかなる意識も、呼吸と共に動き、かつ変化している。
型稽古で姿勢と呼吸を整え、それによって得た静かな心構えで実社会を生きよう。


2008年6月11日 14:22 |

流派の意義

空手の流会派は一体どのくらいの数なんだろうか?
沖縄に本拠地を置く諸流派でも相当の数である。
それはいいとして、最近はしっくりいかない出来事があった。
空手の団体名の呼称に関する出来事だ。
流派名は問題にならないが、それに冠する接頭語やそれに接続する接尾語に驚かされる。
特に、冠する場合として「世界(又は国際)」、「全日本」、「全沖縄」の活動本拠地や定款区域に基づく呼称は大いに結構だが、随分乱暴極まりない難解な呼称に遭遇した。
国際全沖縄○○流○○館空手道連盟という名称がそれである。
なるほど、国際を名乗っているので外国にも活動拠点が存在する事は容易に予想できる。
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しかし、そのあとに続く全沖縄って何の意味なのだろうか。流派名が全沖縄と○○流で表現するのであれば理解できはする。ところが、空手の諸流派には元々そんなのは存在しない。
その場合の全沖縄は前述の活動本拠地と組織構成要因たる地域を示すものであり、この上に更に国際とか世界を冠することは益々難解だ。
いま沖縄の空手が国際的に憧れの的になっていて、流派形成が沖縄のそれと異なる流派に回帰現象が起きている。そのなかで、自ら修練の努力をせず、また時間も費用も節約した形で、沖縄という高級イメージにだけ、ただ乗りしようとする動きがある。
次元の違う話しだが、仮に会社名をめぐって、そういうことがあった場合はどうなるのだろうか。
勿論、商標権の問題になるだろう。更に高級商品をめぐっての問題ではどうか。不正競争防止法における著名表示冒用行為のフリーライド(ただ乗り)やダイリューション(希釈化)の行為態様として認定されはしないだろうか。
50年以上に渡って築き上げた修練の場、精神的な拠りどころしての組織の名称に、悪戯に「国際」とか「世界」を冠することは、表現の自由といえども許されることではない。
沖縄の空手」というブランド・イメージはどうしても守らなくてはならないと思う今日この頃である。


2008年6月 8日 14:18 |

前期昇級審査追加実施・・・

学校行事等で先週の昇級審査を受けられなかった生徒に追加して進級審査を行なった。
いずれも新四級なので、手際よく進めることができた。
課題は先週と同じく、型と組手のチェックです。
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結果は、全員がめでたく合格しました。
"よく頑張りました。おめでとうございます。"
次回の昇級審査に向けて稽古に励んで下さい。


2008年6月 7日 14:15 |

骨の再生・・・

空手人にとって骨折はつきものである。
骨折といっても指骨から上肢、下肢、肋骨と程度もいろいろである。
昨年9月、チョッとしたアクシデントで橈骨の骨幹部を転移骨折した。
腫れがひどく、Opeは数日後に行ない5日ばかり入院することになった。
これまで何回か骨折したことがあったが、観血的手術と入院は初めてであった。
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退院後、定期に骨折部位をX線で撮影して管理してきたが、これが8ヶ月後の写真である。
動物(もちろん人間だが)の骨って凄いですね。もう再生しています。
骨は新陳代謝を繰り返して、3年~10年で全身の骨が生まれ変わるという。
医師曰く、もう大丈夫です。稽古も普通に当てていいです。
巻藁も突いて結構です。やっとゴーサインが出た。
でも術後一ケ月後からリハビリ兼ねて型や棒術をやってきた事は言えなかった。


2008年6月 6日 14:12 |

伝統空手とは・・・

K1、PRIDE etc.異種格闘技が人気を博し、エンターテイメントとして楽しまれている。私もまた、これが好きで息子がPVで視聴したDVDの録画をよく観ている。
空手の世界でも例に漏れず、その爆発的な普及にともない、精神性を重視した空手道とは一線を画した競技空手が盛んである。
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さて、本題の伝統空手とはなんぞや。実に困難なテーマです。
以前に渡仏した際、現地の松檮館の活動の盛んなところであったと思うが、少林寺流空手道について錬心舘との違いを聞かれたことがある。少林寺流が沖縄の伝統空手で、錬心舘は日本空手道だと何か頓珍漢に答えたことを思い出す。
当時の状況では、一応答えになっているに違いない。沖縄に本拠地を置く諸流派で、スポーツ化の傾向にある本土空手と距離をおいて「沖縄伝統空手」というブランドが用いられていたからである。
しかし、今、沖縄では全空連へ加盟している流派があり、競技とて盛んにおこなっているので、これで特徴を語ることは難しい。

一般論としての沖縄伝統空手は、伝統的な型稽古や鍛練法を重視して、武器術や捕手術の併伝を特徴としてあげる場合が多い。
稽古の方法は、伝統的な型を窮める為、一人の師範の指導の下で伝統的型を反復して練習して型の完成をめざします。
たとえば、少林寺流の基本鍛練型は「セーサン」、小林(少林)流系は「ナイファンチ」、剛柔流系と上地流系は[サンチン」があげられます。その意味から、少林寺流、少林流、小林流、松林流、剛柔流、劉衛流、上地流などが沖縄伝統空手の諸派としてあげられよう。

今、空手本来の原点に立ち帰ろうとする動きがあり、厳しい鍛練による技術的・身体的な向上のみならず、精神的な人格形成を重んずる沖縄伝統空手が注目されている。
その発祥の地である沖縄へ多くの空手人が空手道の哲理を探究するため訪れることが喜ばしい・・・・


2008年6月 4日 14:10 |

喜屋武朝徳先生の墓は・・・

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3日前、東京のO氏を通じて、今野敏氏が喜屋武朝徳先生の墓参りをした旨の情報を得た。
以前、喜屋武先生の最期をみとった石川市(現うるま市)の屋号「前屋良小」の石川久子(故人)宅や嘉手納町の住む喜屋武朝徳先生の孫娘さんを伺ったあと、周辺へ自転車で出かけ、墓を探し回ったことがある。
当時、浦添市と那覇市の境界であるこの場所近くが大掛かりな造成工事があって、墓参りは諦めていた。
そのときの証言よれば、喜屋武先生は終戦の年、石川市の集団墓地へ埋葬され、1年後から身内の方によって、鳥堀の墓地へ移されたという。まもなく鳥堀では、道路の拡張工事があって、石嶺の方(平安病院近郊)へ移動したとのことであるが、随分前のことなので場所は知らないということだった。
今回の情報は、それ以来のワクワクした知らせである。
梅雨空ではあったが、矢も盾もたまらない心境で、さっそく足を運び、探すことにした。
しばらくして、囲いの無い墓地で沖縄のそれとは違う墓を見つける。
チョッとショックで佇んでしまった。
そこは、県道241号線沿いにありながら人目につかぬ場所です。前回は近くまで来るが見つけることができなかった。
「ほんあざ門中会」が管理する墓地です。今晩電話するが、2年前、本家が亡くなり、子供たちの代では詳しいことは分からないというので、別の方を紹介してもらっている。
喜屋武先生の墓とすれば一大事です。でも、何故、今野敏氏は、そこの場所を知ることが出来たのか不思議である。


2008年6月 2日 14:05 |

久しぶりにゆっくりと・・・

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先月5月は日曜日の度に行事があって、何かと忙しかった。GW中のBBQ,母の日、米寿祝い、結婚式、県外への空手の出張指導などがあった。
3年振りに、HPがめでたく立ち上がった。
暫くは修正・見直しが必要なので今日も夜遅くまでパソコンを目の前にしている。
先日の遠征先から写真データのCDと新聞掲載記事が送られてきた。
久しぶりにゆっくりと過ごす日曜日に、画像と新聞記事に目を通し、HP公開前のウキウキした気分は最高です。


2008年6月 1日 14:02 |

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