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沖縄空手|館長のブログ

「楷書」の空手・・・

書道の世界でいう「基本」と「応用」、「創作」は、楷書体、行書体、草書体等をいう。
まったくの門外漢だが、狂言においては「楷書の芸」と「草書の芸」があるらしい。
狂言師の野村万蔵先生は、人間国宝だった父に師事し、先生も人間国宝に認定されている。
スケールの大きさと格調正しく緻密な芸風が、多くの能楽ファンを魅了している。
DSC_1174.jpg 著書の「狂言伝承の技と心」(1995年7月平凡社発行)で、「楷書の芸」を強調している。
「狂言は単純におもしろいというものではないんですね。洒脱とか軽妙とかいいますが、重い所が抜けた軽み、苦しさを通した楽しさにならないと本物にはならないんです。基本の楷書を通らないで、草書・行書でいいということになってはいけないんです」
ところで空手の型の伝承において、楷書で伝える意義が説かれて久しい。
基本の「形」を稽古するときは、書の楷書体の如く、省いたり、続けたりしないで、一つ一つ正確に体現することを指すようだが、書の世界の「お手本を写す」とか「お手本を真似る」と言ったほうが分かりやすい。
楷書体で書くという単純な行為も、実は複雑だ。指、関節、肘、全身と様々な部位を調節し、紙から返ってくる反動や摩擦を感知して、臨機応変に字を形作っていくからである。
どんなに精一杯、楷書の型を演じようが、運足ができてない、技の緩急がメチャメチャ、動きに重みがない、力が伝わらない等などの「楷書の空手」は、ナンセンスだ。
能楽界の「芸の伝承」は、稽古という実践の場を通して体得し、以心伝心で身につけてゆくというが、とても素直な、スキッと気持ちの良い「楷書の空手」を力一杯演じて、空手の型を継承したいものだ。


2008年8月19日 22:31 |

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