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沖縄空手|館長のブログ

残心とは・・・

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あらゆる武道に残心があるようである。
空手でいえば相手を攻めるとき、突き、又は蹴りを放った後にも、攻める気持ちを持続し、相手の動作に直ぐに対応する心構えや身構えをいう。
少林寺流空手道の型稽古だが、形(技)の極めで一つの挙動後に示す残心が、殆どの型に存在する。
セーサンの前蹴り後の突きの気合後、チントーの「鶴の岩立ち」後、クーサンクーの二段飛蹴り後など、殆どの型に残心を示す場面がある。
剣道や柔道、相撲道などでもあるようだが、門外漢なので詳しいことは分からない。
でも、相手を打ち(投げ)勝ち、ガッツ・ポーズなどすると有効技が取り消されるようだ。
最近、大学相撲はともかく、大相撲でもその光景がTVへ映し出され不評を買ったことがあった。
技が有効であるかどうかでなく、謙虚な姿勢で相手を尊重して、思いやる心を重視しているらしい。
「残心」を残す心と思うなよ、攻めた気力をそのまま保つことが重要だ。


2008年10月31日 20:40 |

「空手の日」に因んで・・・

先日新聞社へ投稿した論稿が採用され、今日の朝刊に掲載された。

勿論初めての投稿で、初めての採用であるので嬉しかった。

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空手の日に因んで、「空手」と「唐手」を考えようということを当時の社会背景に視点をおいて書いたものだ。

72年前の今日、斯道の大家が集結し、これまで馴れ親しんだ「唐手」に替えて「空手」という表記を決定した。

3年前、県議会はその日を「特別な日」として歴史に残すため、空手の日の宣言に関する決議を行なった。

沖縄空手が世界平和と人々の幸福に貢献することを願い、今後の発展を期するのがねらいである。

でも、唐手の表記が何故?空手に替わったのか説明が無いので、あえて歴史的事実をあげて考えることにした。

武器なき平和な王国の武術たる空手の本場「沖縄」において、古くから使われた唐手の表記が替わったことについての意味に触れることなく、ただ「特別な日」としてだけで、「空手の日」の宣言を行ったとしたら寂しすぎます。


2008年10月25日 20:37 |

やんばる周遊・・・

昨日から、用事がてら北部へ遊びに行った。
ぶらぶらと遊んで、心身の爽快を得て疲れを一掃する為だ。
自宅から車で、高速を北中ICから入り、許田ICまで一直線に駆け抜け・・・
本部町の美ら海水族館まで足を伸ばす。
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そこから遠見すると、伊江島タッチューを遠景にした青海原が広がる。
何時もの事だが、その景色が好きである。
オキちゃん劇場では、その青い海をバックにイルカたちがダイナミックなジャンプやかわいいダンスしていた。
そのショーを観るたび、イルカの運動能力に驚嘆させられる。
その後、近郊のホテルで一泊し、ノンビリとしながら、周辺を散策した。
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この時期は、ちょっとばかり秋めいてきて、夕方ともなると涼しく感じる。
久しぶりの散歩で気分も一新することができた。


2008年10月18日 20:32 |

気合とは・・・

中国思想の概念で、宇宙を支配し、総ての事象根源になるエネルギーを「気」と呼ぶ。
人間の生命活動の原動力をなすもので、目に見えない精神作用を表現する言葉である。
空手では形の「極め」を示すとき気合という言葉が使われる。
突き、蹴り、当てのとき、構えから残心まで一声で一つの動作を行う。
気合は声のトーンを下げずに発する一声である。
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つまり、「息長く、技は激しく、目は鋭く」の呼吸法で、技の破壊力(アテファ)を左右する。
全身に気力を充満させ、油断も邪念もなく精神を集中させ万全の注意をはらう。
そのエネルギーを攻め込むときに、声で相手にぶつけるものである。
気合は入れることは力を最大限に出すことであり、声を発することは「息を吐く」「気を吐く」ことである。
昔、空手指導で渡仏した知人が話していたが、「はい、気合入れて!」と発破を掛けたとき、練習生が応えた気合は、「キアイ!」だったという。(@_@)
やはり気合は、中国人や日本人の思想の概念だったのだろうか?
さて、あなたの技を極めるとき、発する気合はどれですか?
因みに、「イヤー」、「エイッ」、「トォー」、「ヤァー」、「ハッ」・・・の五声があるが、いずれも声にすることで、技が鋭く、速く、強く、冴えた技になろう。


2008年10月16日 20:28 |

悲憤を越え・・・

常延先生から先日電話があって、久しぶりに求道館へ行った。 CIMG0560.jpg
先生は稽古場に居らず、日課にする庭の手入れで、向こう側で作業をしていた。
残暑が厳しく感ずる求道館では、A氏は定例稽古日で一人で黙々汗を流していた。
A氏は求道館でもっとも高年齢だが、週2日の稽古を続ける現役の弟子である。
空手を継続することを最も実践している弟子の一人で、氏を尊敬している。
夏の研修会の徳嶺の棍の振り方で、いろいろ聞かれた。
あえて答えることはせず、津堅の棍だけについて指導した。
向こう側では庭作業が終了したので、庭先の展望台で先生と差し向いで座る。 CIMG0562.jpg
あの悲憤慷慨の出来事以来、久しぶりに先生と話しをしてきた。
夏の研修会が終わり、人の出入りが少ない様子で、遠くからの姿は寂しそうでした。
しかし、先生曰く、時々ふらつくことはあるが屋敷内を散歩している様子で、至って元気でした。
この間の組織運営のことや昇段審査のあり様など・・・いろいろ話しをしました。
今すぐ結論は出せなくとも、分断や断絶を避けて、話し合いは続けることにしよう。
少林寺流空手道の継承・発展のため、その先には解決法がきっとあるはずだから・・・


2008年10月13日 20:16 |

十五夜村遊び・・・

昨日は十三夜で月も美しく、古くから「後の名月」といわれる。
この連休期間は、那覇まつりをはじめ多くのイベントがある。
連休中日の今日、近くの集落で「十五夜村あしび」があった。
CIMG0558.jpg 旧暦八月十五日の「中秋の名月」は有名だが、よく晴れるこの時期の月も美しい。
会場となった近くの我謝公園は、観月会を兼ねた多くの区民や見物客で溢れていた。
小生の住む集落と隣接する西原町我謝は、大きな旧集落で多く著名の士を輩出する。
そこでは、獅子舞いや組踊り、大綱引きなど・・いろいろな伝統芸能がある。
今回沖縄伝統の組踊り「久志の若按司」が57年ぶりに復活し、上演された。
配役は素人で、2年も前から復活上演にむけ稽古を重ねてきたと言う。
その演技力や区民総出の手づくりの舞台設営が素晴らしく感じた。
そこは、伝統芸能が生まれ、保存継承されていく土地柄なのだろう。
そこに住む区民の団結心やその力は絶大だ。


2008年10月12日 20:11 |

与那原教室の年少組・・・

今日の与那原教室の練習生は、年少組が殆んどだった。
那覇まつりなどに出かけたのか、子どもクラスは7名だ。
日頃は云うこと聞かずで、指導員の手を焼かせている子供たちだ。
指導員2名も休んだので、じっくりと見ることにした。
CIMG0541.jpg 普段は、その3倍の練習生なのでなかなか目が届かない。
座礼後に、3分ほどの禅を組ませるが面白い。
しばらくすると、よそに目をやり、頭をポリポリ掻き始める・・・
もちろん、中には大人顔負けで結跏趺座で掌を組む子もいる。
同じ年齢層でこうも違うので、空手の内容ではもっと差が広がる。
年長組不在の中で、黄色帯をリーダーにして定位置基本稽古や移動稽古を進めるが面白い。
普段集中できない子どもが、黄色帯に旨くリードされていくことだ。
子どもに同化して教えることもいいが、子どもは、子どもを以って、指導・運営したほうが旨くいくようだ。


2008年10月11日 20:06 |

骨の再生(完治)

先月24日、約一年にわたって、小生の右腕を支えてきたプレートを抜去した。
近医の整形で二泊三日で抜釘術をおこなった。
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手術は、腋窩ブロック下で3時間ほどで終わったが、腕一本の麻酔なので経過がよく分かる。
麻酔導入でも、注射しながら、指のどの部分に効いているのかコントロールするため、執刀医が直接話しかけてくれるので安心だった。
Ope後、病室から看護師詰所に呼ばれ、主治医から説明があった。
術後、ちょうど1年であったが、再生した骨がチタン製のプレートを包み込むようになっていて、取外すために研磨したと言う。
あまり長く放置せず、術後1年以内に抜釘した方が望ましいという。
プレートを固定するために直径3mm程度のビスが4本骨に打ち込まれていた。
その穴が完全に埋まるのに一ヶ月はかかるそうだ。

081009_1000.jpg それまでは過激なトレーニングは避けるようにと説明があり、すべて順調だった。
年齢から考えプレートをそのままにしておくケースもあるようだが、そもそも異物で固定してあるので取り去ったほうがいいだろう。
空手をやる身であれば、何らかの衝撃で、その固定物で筋層や血管・神経を傷つける場合もある。
余計な異物を除去するのは、なおさらだ。


2008年10月 9日 19:38 |

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