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沖縄空手|館長のブログ

チンクチの思い出・・・

1945年9月20日が喜屋武朝徳先生の命日である。
喜屋武家の三男・朝徳先生は、本永家の跡継ぎ養子になったが、本人は終生、喜屋武姓を名乗り、その息子・朝一から本永姓を名乗ったと言われる。
今から33年前だが・・・1975年1月19日、宗家宅で、長男・本永朝一氏や孫・本永朝裕氏、娘婿・西平守有氏を招いて、偲ぶ会があった。 1975_01_19.jpg
孫の朝裕氏が、那覇市の究道館比嘉道場から、稽古場を求道館(当時少林寺流仲里道場)へ移して、南城市知念へ通い始めた頃である。
朝裕氏が得意なナイファンチの稽古を繰り返していたのを思い出す。
祖父・喜屋武朝徳が昔から「手ーや習ていん、チンクチぬかからんねぇ、手ーや非らん」と聞かされたとチンクチ話題が流行った頃である。
その偲ぶ会で親族から拝聴する拳聖喜屋武朝徳の武勇伝は、小生の小論集で紹介済みですが、チンクチの話しは、細かく聞くことはできなかった。
今チンクチの語彙をめぐって、いろいろな解釈があり、筋骨?まで出る始末にはビックリする。
小生は「チン」が琉球方言で「手」を意味することや「クチ」が術をさすことなどから、技術や手口が斯道の専門域に達する手捌きや身こなしをさす言葉と考えている。
琉球方言のデータベースでも見あたらないので、機会あれば、知人の琉球方言専門家に尋ねることにしよう。


2008年11月16日 20:22 |

空手修行者の心構え

禅宗の教義の一つに「見性成仏」がある。
一切の迷いを去った結果、悟りを開くことをいう。
話しが変わり、空手をやっていると形(技)に関する解釈や理合に悩むことがある。
空手には「稽古見性」という言葉がある。 CIMG0662.jpg
形(技)をどんな言葉で表現しようと、稽古でしか技術の進歩や発展はありません。
また、形の真正は、稽古で表現すべきであり、言葉ではありません。
儒学者の貝原益軒の「養生訓」に『言語をつつしみて、無用の言をはぶき、言をすくなくすべし。多く言語すれば、必(ず)気へりて、又気のぼる。甚(だ)元気をそこなふ。言語をつつしむも、亦徳をやしなひ、身をやしなふ道なり』とある。
益軒の提示する修養法に学び、自己の慢心による言挙げにならぬよう、むやみに形(技)の解釈や理合を言葉に出すべきではないようです。(自己を戒める意味のブログで他意はありません)


2008年11月13日 20:12 |

生涯空手人をめざすAさん・・・

今日は、朝から小雨模様でひんやりしていた。
雨で、グランドでのトレーニングが出来ないので筋トレを軽く済ませ、宗家道場での自主稽古へ出掛けた。
求道館門弟で最高齢のAさんの稽古に付き合うためだ。
Aさんは昭和9年生で、まもなく満74歳を迎えるが、週2回の稽古は欠かさずやって来るという。
正確な入門日はさておき、当人は控えめに60歳が過ぎてから入門したという。 CIMG0656.jpg しかしAさんは、この立派な求道館の前身である鶏舎小屋跡の稽古場の存在を知る。
その時期は、小生が入門した頃でもあるが、稽古の合間に、偶然その頃の話しがでる。
Uさん、Sさん、Tさん、Iさんの懐かしい大先輩方の話しに及んだ時だった。
おもむろにAさん曰く、「その頃、2ヶ月足らずであったが門下生だった」と・・・
当時は、空手を習うことは、むやみに表に出来ないぐらい異端視される時代であった。
(小生も裏庭の巻き藁が祖父に知られ、鋸でそれを切り捨てられたことがある・・・)
矢鱈と公けにできない上、空手関係者のヤンチャが多い時期であった。
CIMG0655.jpg
求道館のある旧知念村は、政争の烈しい地域で、首長選挙は、いつも利権がらみであった。
Aさんは、若い頃、土木関係の仕事をしていて一方の支持者であったという。
選挙期間中、風呂敷に包んだ道着をもって稽古場へ向かうが、相手陣営の若い青年たちに囲まれ、いろいろ聞かれるのが怖くて道場へ通うの辞めたと言う。
あれから40年余を経て、空手人への偏見も無く、公けに稽古場へ通えるようなった・・・
逆に、情熱に燃えて稽古場に通う空手人が少なくなっていくのが寂しいです。
Aさん、是非、生涯空手人としての模範を示してください。
でも常延先生は、門下生の出入りが激しい中、当時のAさんのことは全く知りません・・・


2008年11月10日 20:07 |

他団体演武を見学して・・・

今日は、午後から沖縄空手・古武道連盟の創立28周年を記念するチャリティー演武大会へ招かれた。
今年2月、県内の空手道主要四団体が統一されて「沖縄伝統空手道振興会」が設立された。
その設立を記念して、来年8月に空手道世界大会が開催される予定である。
こういうこともあって、特にやることがない暇な日曜日だったので、初めて参加した。
小生が席をおく手を語る会のメンバーの演武を見るのも、また楽しみであった。
子どもたちの人数の多さや、大人顔負けの気迫のこもった演武には驚かされた。 CIMG0634.jpg CIMG0637.jpg CIMG0647.jpg
老若男女問わず、身体障害のリハにも活かせるとして、空手がクローズアップされる。
80歳過ぎて空手を始められた元国立大学長のS先生や身体に障害を抱えながら稽古に励むH・I女史の演武は、参加者に非常に感銘を与えただろう・・・
チャリティーを通じて、青少年の健全育成や社会福祉に貢献できる空手団体も・・・
また素晴らしく思いますね(^。^)


2008年11月 7日 19:56 |

大川道場訪問して

少林寺流大川道場は、沖縄県糸満市にある。
喜屋武朝徳先生の型の系譜を学ぶ少林寺流の道場である。
その少林寺流の空手道場は、日本最南端に位置することになる。
館長のM師範が、地域の子供たちの健全育成を兼ねて立ち上げた稽古場である。
小生宅から車で40分ほどの距離だが、様子を見たくて訪ねた。
M館長は仕事の都合で不在だが、副館長のK師範やA指導員が代わりを務めていた。
50坪位?ある公民館2階ホールを稽古場にしている。 CIMG0600.jpg
その子供たちを2グループに分けて指導していたが、どの顔も真面目で真剣だった。
基本形稽古に、普及型、アーナンクー、ワンシュー、セーサンなどを反復し練習していたが、中には大人顔負けの演武をする子供もいた。
子供クラスの終わる頃、M館長が参加して、引き続き大人クラスが始まった。
このクラスには、昇段試験の日程が迫り、与那原教室の2名が、偶然参加していた。
突然の小生の訪問にビックリするかと思いきや、何も気にせず・・・
黙々と練習する様子には驚かされる。
ただ、来週の受験での健闘祈るだけだ・・・


2008年11月 7日 19:52 |

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