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沖縄空手|館長のブログ

強風下の教室・・・

本島では、午後から台風20号の強風域に入ったようだ。
周辺の学校では先週から新型インフルエンザの流行で学級閉鎖も始まった。
学校では週末の外出を控えるよう呼びかけているという。
参加者は子供4人、大人4人、計8人。
こんなに数の少ない稽古場は初めてだが、集中して指導ができる。
教室のあるコミュニティーセンターは町内東の海岸寄りに位置する。
今日は強い海風が、直接吹き込むので窓は開けられない。
座礼後、結跏趺坐にて、たなごころをつくり坐禅を組ませる。 CIMG1125.jpg
人数が少ないので、定位置基本稽古はサークル状で行う。
それぞれ相手がよく見えるようにと・・・
丁寧に突き、受け、蹴りを行わせる。
移動基本稽古では運足の細かく注意して行わせる。
この頃から汗ばんでくるが、窓は閉じた状態で続ける。
普及型Ⅰ、Ⅱ、アーナンクー、ワンシュー、セーサンを全員で流して子供たちは下がる。
大人でパッサイ、五十四歩を行ない子供たちに見せる。
その後、休憩はせず、サークル状の中心で一人ずつ好きな型を演武させる。
普段、隣りを見て真似る子も、今日ばかりは自力で演じようと懸命に努力した。
それぞれが終るごとに、良かったところや悪かったところを出させる。
演武力と発言?力が一致しないのが子供の世界なので面白い。
着眼、腰位置、引き手の甘さ、技の曖昧さ(上段突きか受けか)等々・・子供なりに見ている。
今後の自分の演武に活かしてくれるだろうか・・・。
その後はミット打ちをやらせるが、順番の回りが速いので、喜んでここぞと打ち込んでいた。
子供は先に帰して、大人は棍法の稽古を始める。 CIMG2092.jpg
上段脳天打ち、首打ち、下段脛打ち、掛け受け突きの基本棍法で予備運動を兼ねる。
その後、徳嶺の棍、朝雲の棍を丁寧(理合付き)に繰り返し行った。
突き技と貫き技の違い、下段ハネ受けや流し打ちの注意点を説明する。
どんなに無理な力を加えるより、しなやかなフォームで振り切る方がより強いこと・・・
それが身に付いたとき、大きな進歩があるだろう。
教室の練習生が古武道で個人演武をやってくれるのが楽しみだ。


2009年10月24日 12:52 |

今日の稽古・・・

10月下旬。
寒露が過ぎ、明日は霜降。
本土では楓や蔦が紅葉し始める頃だ。
当地もだいぶ涼しくなる頃だが、台風の影響なのか蒸し暑かった。
求道館での自主稽古が習慣として、すっかり定着した。
目的は技術的なことの向上でもなく、稽古に通う門下生が皆無に近いので、恩師の拝眉がてらである。
大量に空手の時間の取れるような自由人は多くはいないので、相棒はいつもAさんだけだ。
門人札のほとんどが県外在住の方で、現地のメンバーは仕事に追われ稽古へ顔出すことがない。
若い頃、毎日道場へ通い、週一度、稽古に来る人を不遜にも鼻で笑っていた。
身体を鍛え強くなりたいと一心に稽古した。 CIMG2090.jpg
CIMG2091.jpg
巻藁やサンドバッグを突き、ダンベルやバーベルで筋トレまで道場でやった。
ご時勢は家庭や仕事など道場通いには困難が伴い、いまや、空手は個人的趣味でしかないのだ。
Aさんは、いま後期高齢者(失礼!)だが、個人的趣味を楽しんでいる。
まるで人生も、空手も丸ごと関わって、それを謳歌しているようだ。
夢と好奇心から持ち続け、若い頃できなかった道場通いを実現した。
五十の手習い・・・いや六十の手習いで始めた棍法。
そして少林寺流が継承する空手の型。
更に津堅の棍や添石の棍をマスターしたいという。
生涯現役の空手人・・・それが似合うAさんである。
Aさんも来月が誕生日だという。
萬歳!!


2009年10月22日 12:47 |

千葉の交流稽古・・・

何年ぶりだろうか?
他の機会に乗じて、2000年3月以来である。
先日、千葉県での交流稽古へ参加させてもらった。
場所は八千代市民体育館の小道場(畳)、時間は午後の二時間程。
稽古で集まった少林寺流研究会千葉県の皆さんと一緒で、
心地の好い汗を流すことが出来た。
越○会長、大○副会長、小○代表師範、栗○事務局長など研究会千葉の面々、
時々当BBSへ出没する一匹タヌキさんなど13名が参加。
また、多忙な空手大会を済ませて松○会のW氏も合流してくれた。(感謝)
稽古に熱中してしまい、迂闊に、肝心のスナップを撮り損ねたが・・・
日頃の稽古場を再現すべく、基本稽古に始まり移動基本稽古を行なった。
それぞれが少林寺流の継承する型を確認し合うため、アーナンクーからクーサンクー、
徳嶺の棍の型を全員で流していく・・・。
九年前は交流稽古が始まったばかりでアーナンクー、ワンシュー、セーサン、パッサイの型が
やっとだった。
今回は各教室での指導の任に当たるべくチントウやクーサンクー、徳嶺などは反復して行なった。
十年一昔、集まったメンバーにはそのときのメンバーは多くは居ないが、
技と心が磨かれ着実に進歩している。
まるで10年来の知己であるかのように暖かく迎え、一緒に稽古をしてくれた。
ありがたく、稽古後は近くの居酒屋「庄や」で小宴があって、多少の情報交流もあった。(感謝!) CIMG2072.jpg
まもなく千葉は、京都や神奈川に次いで、創立?周年の節目を迎えるという。
いま、喜屋武朝徳先生の集大成した少林寺流空手道の空手の型が県外で多くの関係者によって、学び普及していくことがあり難い。
型は鍛練、その反復を通じて修行を積むこと・・・
何かよく知らないけど奥が深い、大流行?の武術ブーム・・・・
歳を取ってからも強く?なれる(達人志向)・・・
でも、強くなるより続けることの難しさなどに遭遇する。
「継続は力!」、その困難を越えたとき・・・
そのとき少林寺流空手道が、メジャーな地位を得るだろうか・・・
やがては伝統空手道へのいざないになること願っている。


2009年10月20日 12:44 |

技癖?

今日は日曜日、各地で敬老会たけなわ。
恒例の古武道稽古だが、参加者が少なかった。
教わる人が少ないだけに、それを学ぶに都合が良い。
空手の姿勢や運足は流派によって異なるが、
沖縄古武道の世界では、どの流派だろうと一つだという。
「少林寺流研究会仲里道場」へ入門した頃思い出す。
稽古場は屋外で土間だった。
当時の稽古は、姿勢を良くするため運足から始まった。
足先を開き、半円を描く感じで足を運び、拳の突き出し及び引き手に合わせて腰を入れる。
そのために、後足の踵を外へ押し出す。
その運足の練習が半年以上も続いた。
沖縄空手ではどの流派でも身のこなしや運足、姿勢を保つ為、同じような稽古だった・・・
この頃、沖縄古武道の愛好者は空手道を凌ぎ・・・?
空手道に併行する沖縄古武道の稽古が行われている。
空手道や古武道には悪い癖がある。
その悪い癖は技癖というようだ。
「無くて七癖」と言われるように誰でも悪い癖があり、上達の妨げになることもある。
なかなか本人は気づかない場合が多い。CIMG2069.jpg
指摘してくれる、教えてくれる、正してくれる先生がいない場合が多い。
そんな中、今の稽古場は、ご指摘いただけるのがありがたい。
素直に受け入れて、やってみることが大切だ。
セーサン立ちで長年鍛えた癖が、古武道の運足や前屈立ちにも影響する。
前足が内方向へ向かい、後足の膝が外側へ出る・・・
これが技癖でなかなか姿勢が直らない。
撞木足・・・かぎ足・・・ガニマタ・・・
跳ね足、飛び足などの技癖も多いようだ。
その克服には、空手の稽古から古武道へと・・・
気持ちの切り替えも必要だなのだろうか。


2009年10月 4日 12:41 |

空手に先手なし

暦は今日から10月。
午後は求道館での自主稽古。
求道館にも神棚がおかれている。
正中は正面の中央。一番尊い場所だ。
正面両脇に扁額が飾られている。
特に決まりは無いが上座には「空手無先手」、次座には「一器水瀉一器」だ。
何れも斯道の格言である。 CIMG2062.jpg
上座の扁額は、つい先頃、楷書に新調、寄贈されたもの。
空手の型同様、楷書体に拘る恩師がたいそう喜んでいる。(感謝)
多くの門弟が扁額の見下ろすこの場所で薫陶を受けてきた。
松濤館流の冨名腰義珍先生が松濤二十訓(空手二十箇条)で「空手に先手なし」を初めて説いたといわれ、県立武道館の位置する奥武山運動公園の鳥居の横に、その顕彰碑が立つ。
「空手無先手」は空手の心得をしるす有名な言葉なのだが、実は剣術の世界でもいにしえの達人の言葉がある。
神道無念流齋藤弥九郎の教えに「武は戈を止むるの義なれば、少しも争心あるべからず。剣を学ぶ人は心の和平なるを要とす。兵は凶器といえばその身一生用うることなきは大幸というべし」・・・
「己を後にし人を先にし、人と争はざるを善人とす。囲碁の戯れのごとく人に勝つをもって楽とするはいにしえの礼にあらざるなり」・・・などがある。
足繁く通った道場で恩師から拳聖喜屋武朝徳先生の言葉をよく聞かされた。
「長年修行して、体得した空手道の技が、生涯を通して無駄になれば、空手修行の目的が達せられたと心得よ」と弟子たちに諭したそうだ。
時代は違うが、何れも、心技体一如の境地に達し、人間性豊かな人格が形成されることを願った含蓄のある言葉である。


2009年10月 1日 12:37 |

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