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沖縄空手|館長のブログ

今日の求道館

今日は旧暦2月15日、二月ウマチー(麦の初穂祝い)の日だ。
昔は、村落で豊穣を祈願したそうだが、最近はこの行事は廃れつつあるようだ。
春の彼岸がとっくに過ぎたが、沖縄でも肌寒く感じる。
先週は所用で休んだので求道館稽古は二週間ぶりである。
CIMG3293.jpgCIMG3296.jpg少林寺流の空手の型以外に沖縄古武道をするようになってから、稽古の時間も長くなってきた。
アーナンクーからクーサンクー、徳嶺から津堅、周氏、朝雲、添石などの棍法、千原の釵、トンファー、櫂手、鎌手などを稽古するので倍近い時間を要するようになった。
週一回ではあるが、日頃の自主稽古と趣きが変わり気持ちが集中できる。
沖縄の空手と双璧をなす古武道。その奥義を窮めることはたやすくない。
今、その魅力に惹かれて、練習に励んでいる。
道具を扱う身の筋肉痛にもめげず、皆よく頑張っている。
生涯現役をめざす中高年修行者の達人願望は叶えられるだろうか。


2010年3月30日 22:47 |

今日の教室

今年度最終の練習日。
町内行事のチャンプルー市があって、施設が使えず隣の小学校体育館での稽古になった。
町内行事へ参加する子供たちがあって、今日の教室は13名の参加だった。
会場の体育館は他の団体の利用があって、半面を分け合って使用した。
稽古に集中させる為、坐禅を組ませるが、普段の雰囲気と異なるようだ。
隣りのバレーボール練習に目をやり、注意散漫の状態でしまりがない。
CIMG3289.jpgそれを払拭するため、基本稽古の回数を多めに設定して突き・蹴り・受けを行った。
徐々に雰囲気も変わり、屋根の高い体育館には掛声がこだました。
移動基本稽古が終り、普及型Ⅰ、Ⅱ、アーナンクー、ワンシュー、セーサン、パッサイと・・・繰り返しチェックした。
年長組も新しく習ったパッサイの手数をうまく覚えてきたようだ。
一人ずつやらせてみようと思うが、誰一人希望する児は無かった。
これからしっかり稽古して、一人で演武できるようにさせたい。
その後のミット蹴りや組手では楽しそうに稽古に取り組んでいた。
今年の夏の組手選手権(全沖主催)に向けて、そろそろ準備を始めたい。
22回目を迎える少年少女空手道大会への参加を含めて、多くの子供たちに経験させてあげたい。
友達を沢山つくって、空手大好き!人間になれるように頑張ろうね♪


2010年3月27日 22:30 |

第一回合同稽古(上地流)

春の彼岸が過ぎて暖かくなる頃だが、小雨の模様(寒の戻り?)で気温が下がった。
今日は、夕方から「手(てぃー)を語る会」の定例会があった。
CIMG3287.jpg CIMG3285.jpg CIMG3279.jpg CIMG3288.jpg今月から趣向を変えて各流派の特徴や歴史を学ぶ為、合同稽古を行い研修することになった。
場所は比謝川河口近くで景観のよい渡具知ビーチ近くの上地流○優会だ。
館長のS先生に、小生は入会の勧めやいろいろな武道活動で大分お世話になった。
今年から会の代表幹事になり、沖縄空手の真髄を味得しようと訴え活動の先頭に立っている。
今日の合同稽古には松林流、小林流、本部流、上地流、本部流、少林寺流から八名が参加。
上地流の基本運動、三戦(サンチン)や三十六(サンセーリュー)の型を学んだ。
サンチン立ちや運足法、開手による攻防も特徴があり、使う筋肉も違うようだ。
(翌朝、筋肉の張る箇所異なる)
中国武術南派少林の影響が大きく、剛柔流に似ていることも実感した。
開手による攻防、打法が多く、実戦的手法に優れることが理解できる。
爽やかな汗を流したあとの交流会では、いろいろ情報交換ができた。
久しぶりの空手の長談義に花が咲き、御開きは午後11時近くだった(^_^;)


2010年3月25日 23:55 |

別リビィーサ・・・

もうすぐ彼岸入り。
今日は、前線を伴う低気圧の接近で全国的に荒れ模様のようだ。
CIMG3257.jpgこの時期の寒の戻りを沖縄の方言で「ワカリビィーサ」とか「ムドイビィーサ」という。
直訳すると「別れる寒さ(別離を悲しむ寒さでなく・・・)」と「戻る寒さ」になるだろうか。
この冬最後になる寒さがやってくることを意味する。
朝から雨が降り続いているが、午後から求道館での稽古に出かけた。
途中、知人の電話があって、稽古場への到着が少し遅れた。
寒空の中、既に師は道場に出て、いつもの場所で嬉しそうに腰かけている。
AさんとS館長は道着に着替えてスタンバイ。小生も急いで着替えて座礼する。
定位置、移動の基本稽古で身体を温め、型稽古に入る。
CIMG3256.jpgアーナンクー、セーサン、ワンシュー、パッサイ、五十四歩、チントウ、クーサンクーの型を代わる代わるやっていく。
徳嶺の棍、津堅の棍、周氏の棍、朝雲の棍、佐久川の棍、添石の棍、津堅赤人櫂手の型を課題ごとにやっていく。
その頃には心臓も激しく鼓動し、身体もすっかり温まり汗ばんでくる。
師の前の稽古だと一層力付く。寒くはあるが心地良い。
昔、師に教わった空手を一つ一つ確めるように型を流した。
パッサイの演武線の右展開時の師のコメントがあった。
師の訓えに従うこと・・・「些かも型や技を変えず、次代に伝えること」の困難さに心の葛藤を生ずる一幕もあった。
詳細は省きますが、多くの門弟が一堂に会して、型と技を検証し、統一することも必要なのだろうか。


2010年3月 9日 18:47 |

武術としての鎌の手

鎌は古い歴史を持つ刃物で七世紀ごろ野鍛治が出現し造られたものと推定される。
鎌は農民の道具として不可欠であり、時の支配者が所持を禁止することができなかった。
洋の東西問わず、農民の反乱・一揆などで刀剣を持たない農民が臨時の武器として鎌を用いた。
琉球においては、英祖王の頃、鍬、ヘラ、鎌などの農具が鉄製になった。
武器類も日本や中国からの輸入によって、兜、鎧、弓矢、鎗、楯、鉾、太刀、刀など多くの武器が入った。
CIMG3246m.jpg英祖王統第四代目玉城王の頃(1314年頃)、南部と北部の諸按司が浦添に離反して、それぞれに王朝を打ち立てた。
以来、琉球には中山国(浦添王朝)・南山国・北山国の三国が分立し、相争う戦国時代が約一世紀続いた。
鎌が武器として使用されたのはちょうどその頃で、刃物の所持を禁じられた百姓たちが武器の一つとして使ったのが始まりと云われます。
その後、中国武術との交流により武術的な鎌術へ昇華し、現在の形が出来たと考えられる。
さて、今日は朝からおきなわマラソンがあった。
道路の混雑を避けようとスタートの時間が過ぎた頃、古武道稽古に向かった。
今日から鎌術のエキスパートT氏から鎌の手の手解きを受けることになった。
年齢を感じさせない見事な鎌捌きに改めて驚嘆する。
とりあえず二本の鎌を両手で持って自由に操れるまでどのぐらいかかるだろうか・・・
あるいは紐をつけてコントロールして振れるだろうか・・・
スパッといきそうな鎌刃の恐怖と新しい道具への好奇心が交錯した一日だった。


2010年3月 7日 20:59 |

今日の教室

今日、気温が27℃まで上がった。
午後から空手教室があった。
先週から教室に二人の新入生を迎えた。
CIMG3212.jpgお友達への自己紹介を済ませ今日から稽古を始める。
いつもの基本稽古を済ませて、普及型Ⅰ、Ⅱ、アーナンクー、ワンシュー、セーサン、パッサイを繰り返し練習する。
教室は風通しがよいが、この時期から暑くなってきた。
子供たちも真剣で、額にも汗が光っている。
年長組にはパッサイを教え始めているが、もう手数は覚えたようだ。
大人に比べて、柔軟性が富むので早いようだ。
指導方針を変え、型に飽きることのないようにどんどん前に進めてみたい。
同じ型を反復するのも良いが、子供たちの好奇心も活かしてみたい。
CIMG3213.jpg基本稽古での大きな声だし、型での気合いなど隣りの少年野球の声に圧されている。
まだまだ声が小さく指摘する。それでも長くは続かず、集中力に欠けている。
今年の少年少女空手道大会の頃には課題を克服し、力一杯の演武がお披露目できるだろうか。
一方、一般の部では津堅の棍を開始する。
これで棒の型も徳嶺、朝雲、津堅と複数あり、稽古の形が整った。
かいなと棒が一体になって振る、打つ、突く、貫くの基本棍法をマスターさせたい。
棒が身体から離れることなくしっかりした棒の操法を身につけるようにしよう!


2010年3月 6日 20:12 |

兄弟小節歌碑

今日3月4日は「さんしんの日」。
近くの東浜マリンタウンに与那原町出身の郷土芸能家・故前川朝昭作詞の兄弟小節の歌碑がある。
偶々なのだがそこを通りがかった頃、その歌碑の前で奉納演奏会があった。
CIMG3209.jpgこの唄は「いちゃりば兄弟(ちょうでー)」の平和を希求する沖縄の肝心(ちむぐくる)を示す囃言葉が有名だ。
終戦直後、国際通りでばったり出会った戦友・・・そのとっさの感情を詠ったものだそうです。
20万余の犠牲者を出した忌まわしい戦争をくぐりぬけ生きていることへの感謝、お互いで手を取り合って喜ぶ様子が浮びます。
「嵐世ぬ中ん 漕じ渡てぃ互げに 又行逢る節んあてえる嬉りさ」と歌碑にその気持ちが表れている。
「いちゃりば兄弟」は平和を希求する沖縄の心と多用する政治家がいますが、普天間基地の移設をめぐる迷走ぶりには呆れます。
三線の音色と歌詞に込められた平和思想が絶えることなく、県民の精神文化となって継承されることを願っている。
あらゆる武器を捨て、沖縄の三線で世界が平和になることを・・・(祈)


2010年3月 4日 17:48 |

今日の自主稽古

暦は弥生に入った。
この時期は寒暖の差が激しく、寒暖計は既に25℃。かなり蒸し暑い。
午後から求道館での自主稽古へ出かけた。
求道館へ着いたとき、常延先生は東側の畑地で除草後の焼却作業をしていた。
先生へ稽古に来たと挨拶を済ませて稽古場へ入る。
先週からS館館長も求道館稽古に加わり、常連のAさん含めて三名の自主稽古だ。
CIMG3203.jpg幾分、求道館にも活気が戻ったようだ。
定位置と移動の基本稽古を始め、カラダを解した。
初心に返り、新鮮な気持ちで突き・受けの引き手の感触も良く確かめながら行った。
今日の蒸し暑さの中、早くも汗で道着が濡れていく。
アーナンクーからクーサンクー、徳嶺の棍から津堅、周氏、朝雲、佐久川、添石などの棍法、そして千原の釵・・・
空手と古武道の型を確めながらそれぞれ型を見せ合う。
一人の稽古場と異なり、演武に力がこもるCIMG3205.jpg
他人の型の微妙なズレも遠慮なく指摘し合う。
他人に型を観て貰うことで自己の型に客観性が得られる。
我流で型が変貌しない為にも他との交流稽古(型の見せ合い)は必要だ。

現求道館の敷地には、昔、鶏舎跡で少林寺流研究会仲里道場があった。
最初の頃は一棟で床もない場所だった。雨降り後は水溜りもできた。
まもなく、門下生の増加に伴って二棟に拡張された。
あの頃の門弟は学校職員が多かった。
中には角力のドサ周りで技を試し合う恐面も居た。
何時しか稽古場には、先輩方の門人札も消え当時を知るメンバーも少なくなった。
求道館に当時の活気が戻ることを願っている。

今日の常延先生は作業中につき自由に稽古するように指示があった。
が、途中、チントーの型の頃から道場へやって来た。
前方から厳しい目で型のチェックをおこなっていました。
厳しい見取り稽古に耐えたAさんお疲れさまでした。
型を見て頂いた先生へ感謝しますm(__)m


2010年3月 2日 20:47 |

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