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沖縄空手|館長のブログ

求道館稽古の再開

仏式では四十九日に忌日が終わるとされ、その日が忌明けとなる。
昨日、恩師の葬儀が済んで三回目の周忌(ナンカ)があった。
DSC_5142.jpg後飾りの遺影に焼香しながら・・・
毎週、求道館での自主稽古に立ち会う恩師。
斜め前方より、眼光炯炯と・・・時には温かい眼差しで指導してくれた恩師。
稽古終了時間に合わせるかのように姿を消し、フクギの下の石垣塀へ腰を下ろしていた恩師。
いつも温かく迎えて、見送ってくれた恩師の姿を思い出した。
求道館稽古を再開しようと、ご遺族へ思いの丈を述べて承諾を得ることにした。
「生前の義父が楽しみにする門下生の稽古であり、喜んでくれるだろう」と快諾した。

CA330139.jpg少しばかり秋の気配を感じる日差しの中、控え目ながらの自主稽古が始まった。
しばし待て、庭を掃く、道場の床を掃く、柄の細い「ほうき」使いがウォーミングアップになった。
座礼にて黙祷を捧げ、アーナンクーから徳嶺の棍の型稽古が始まった。
日差しが弱くなったとはいえ、大粒の汗が流れ出て、安堵感と爽快感が増した。

少林寺流空手道で学ぶ多くの門下生の空手の原点は求道館であろう。
亡き恩師の思いに応えて、今日から求道館稽古が始まった。
恩師もきっと喜んで見守ってくれるだろう。(合掌)


2010年9月28日 20:04 |

敬老会と観月会

今日は古武道稽古日。
偶然、先方からの呼び出しもあって、早い時間からの稽古開始になった。
が、夕方から志喜屋区の区長さんに敬老の日とお月見会を兼ねた催事に余興を頼まれていた。
千武館館長と共に空手・古武道演武を引き受けていた。
(館長は既に70歳超えたが、ひな壇へ上がりお祝いされるより余興で盛り立てるのが好きだ!という)
 CIMG3611.jpgCIMG3644.jpg古武道の稽古後、高速道路を南下して、会場へ向ったが余興までに時間は十分あった。
まもなく式典が終り余興に入ったが、区民が総出で手作りだったのがよかった。
古典音楽や沖縄民謡も区出身のメンバーで、ご婦人の踊り、日舞、子供エイサーと続き、
 いよいよ出番を迎えた。軽快な揚作田節をBGにして千武館館長のパッサイ、チントー、そして小生の千原の釵、添石の棍を代わる代わる演じた。
CIMG3615.jpgCIMG3627.jpg関与する志喜屋仲の棍保存会も、六尺棒や短棒の演武や組棒を初お披露目、好評を博する。
多くの知人、友人と一緒に、お年寄りの長寿と健康に肖り手作りでお祝いする。
そんな地域のコミュニケーションが大好きである。
千武館館長共々、来年も参加したいですね☆


2010年9月26日 23:26 |

こどもの感性

今日は空手教室の日だった。
少し早めに会場に着いたが、入り口は多くの絵で飾られていた。
先月、隣の御殿山青少年広場で行われた伝統の与那原大綱引きをテーマにする絵画コンクールである。
町内の小学生・中学生の受賞作品が掲示されていた。
よく目を通すと空手教室の練習生の入選があった。
CIMG3607.jpg CIMG3608.jpg CIMG3609.jpg同じ物を観ても、感じ方は十人十色。
子どもたちの気持ちが色や形で表現されるという。
仕度を乗せた勇壮な大綱。
夜空に上がる花火を自己の感性で描いている。
絵画を通じて自己の世界を無限に広げている。
現代人の乏しい心の豊かさ、発想力を磨いている。
金賞、銀賞の練習生も普段の空手教室では捉えることのできない個性である。
「こどもが育つ魔法の言葉」を思い出し、受賞の児をロビーへ呼び出して絵と共にカメラへ納めた。
「褒めてあげれば、子供は明るい子に育つ」
「励ましてあげれば、子供は自信を持つようになる」・・・という。
Mちゃん姉妹、S君、入賞おめでとう\(^o^)/


2010年9月25日 20:04 |

「偲ぶ会」の思い出

先日、「拳聖」喜屋武朝徳師を偲ぶ会へ参加した。
偲ぶ会は師の娘のご長男が会主となって取り組まれた。
今回のシンポジウムは、喜屋武先生と縁のある方々の多くが空手以外だったのが興味深かった。
昭和初期、比謝矼近郊に住み、喜屋武先生をよく知る人々のお話があった。
既に定着している人物像。空手の達人だけでなく、先生の生い立ち、家柄まで踏み込んだものだった。
多くの首里士族が無禄士族として処分された「秩禄制」の廃止。これまで喜屋武先生も例外でなく「廃藩の武士(サムレー)」と世間で取り沙汰される人物像のイメージが強かった。
偲ぶ会ではいろいろな文献・資料の収集により、武道の王道を窮めるため清貧に甘んじた半生であったと歴史的評価を導いた。
K64.jpg1975年1月19日、喜屋武朝徳先生道統最後の継承者である仲里常延先生の仲里道場(当時)で喜屋武朝徳先生を偲ぶ集いがあった。(写真)
先生のご長男の本永朝一さん、お孫さんの本永朝裕さん(道場の門下生で遠く那覇市から通う)、娘婿の西平守有さんが参加し、父や祖父のお話を聞かせてくれた。
会場で紹介された銭湯話、矼の欄干での力競べ、趣味の闘鶏話、荷馬車の砂糖樽の話・・・
その頃から聞いていた。
生前、恩師が語っていた武勇伝も多いが、今回は聞くことが出来なかったのが残念だ。
暴漢を取押えた話、天覧演武、慰問演武での試し割などチャンミーの豊富な武勇伝がある。
立志編の続編が公開される頃、また偲ぶ会があるだろうか・・・
師の牧原移住の背景、県内各地で空手指南所開設、師の歩んだ足跡の空白が埋まっていくことを期待する。


2010年9月24日 22:16 |

「拳聖」喜屋武朝徳生誕140周年・没65周年記念シンポ

拳聖喜屋武朝徳先生の命日は9月20日である。
CIMG3599.jpg命日にあたる昨日、喜屋武朝徳先生ゆかりの地、嘉手納町にある「かでな文化センター」で、生誕1 40周年・没65周年を記念し、「祖父・チャンミーの名誉回復」と題するシンポジウムと空手演武とがあった。
通称「チャンミーグヮー」を巡っては先生の愛称であったり、廃藩置県による都落ちの士族階級への憫笑であったりすることがあり、このシンポでは実証調査を基に喜屋武朝徳先生の実像に迫ろうというもである。
三時の開演前から多くの参加者が訪れ、会場に設けられた写真展に見入っていた。
拳聖喜屋武朝徳先生の末裔の所有する写真も展示され、初めて目に触れるものもあった。
五十二歳頃の写真は、歴史に残る武芸指導者の堂々たる風貌を備えていた。
シンポにさきがけ行われた喜屋武朝徳先生門下の四会派を代表する演武では、少林寺流を代表して沖縄空手道少林寺流振興会千武館S館長が「徳嶺の棍」を披露し、道統最後の継承者・故仲里常延先生開祖の少林寺流の存在感をアピールした。
CIMG3605.jpgCIMG3601.jpgまた、喜屋武朝徳先生没65周年にあたり捧げられた一分間の黙祷では、実行委員会のご配慮により、先日お亡くなりになった常延先生への黙祷も併せて捧げられた。
ちょうどその日が恩師のふた七日の法要があり、Aさんと知念へ向い、焼香とご報告を済ませた。(合掌)


2010年9月21日 21:32 |

「恩師」仲里常延先生を悼む

mourn.jpg求道館へ所属する都府県の道友が恩師に教わった空手の型を学ぼうと沖縄に集う。
相互の交流を通じて少林寺流の技と心を学び合う二年ごとの沖縄夏季研修が無事終わった。
台風の影響で大雨の降りしきる中、入院中の恩師を見舞い研修会の成功を報告した。
求道館での自主稽古のたび、道場へ足を運び、門下生の稽古に立ち会ってくれた恩師。
爽やかな汗を流した稽古場を後にするとき、いつもフクギの木の下で私達を見送ってくれた恩師。
恩師が5月15日晩緊急入院した。以来、留守中の求道館を守り立てようと自主稽古を続けてきた。
ご高齢がゆえ、覚悟せざる得なかったとは言え、急だった恩師のご逝去。
「沖縄空手界の巨星墜つ」の感で大きな衝撃をうけた。
先週、炎天下の中で行われた告別式に参列し、葬儀のお手伝いした求道館の門下生。
恩師の訃報に接し、遠くから哀悼の意を表した求道館の門下生。
すべての皆さんへ心からお礼申し上げます。
今週月曜日に初七日の法要が終わりました。
沖縄タイムス社・運動部より追悼文の寄稿依頼を受け、恥を忍び拙文を投稿した。
今朝の朝刊スポーツ面に掲載された。
恩師の孝行になっただろうか・・・
僭越ながら記事のコピーをアップしました。


2010年9月15日 23:12 |

夏季沖縄研修

沖縄少林寺流空手道研究会沖縄研修に敬意を払い、
今日からお手伝いさせて貰っています。
一年おきに実施して、今年は20年を数えます。
北は岩手から南は広島、岡山までの求道館所属の拳友(遊?)人が一堂に会し、
型の確認と日頃の練習の成果を交流し合う場のようです。
恩師の思いをしっかりと胸に抱き、伝統の研修が無事成功すことを祈っています。
型は鍛練・・・、鍛練しなければ理は見えてきません!
厳しい鍛練を乗り越え、身に染み付くまで繰り返しましょう。
明日、明後日も頑張りましょう◆\(‥)/◆


2010年9月 3日 22:43 |

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