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沖縄空手|館長のブログ

列強のステータスシンボル・・・王宮

20110930 005.jpg午後からバブロ氏の案内で彼の勤める水資源の再処理場のプラントを見学する。
水資源の再利用と残渣からのバス燃料の精製・・・資源の有効利用を図るグローバルテーマである。
地下40メートルの巨大トンネルの中に幾層にも分かれたタンクがあり、処理過程ごとにきれいになっている。同氏の別の顔をみる思いであった。

20110930 023.jpgストックホルム郊外のローヴ島に建つドロットニングホルム宮殿を観光した。
この宮殿はスウェーデン語の「王妃の小島」を意味するという。国内最大規模で莫大な費用を投じた事業であったというが、王妃カタリーナが宮殿の完成を待つことなしに死去したという。
内部の写真撮影が禁じられていたので遠景をおさめた。今日のストックホルムは快晴で20度越えていた。写真の写りも際立って美しく感じた。

夕方からの空手・古武道稽古へ向けて、パブロ家で夕飯を世話になる(三度目で感謝)。
奥さんがバルセロナへ旅行へ出掛け、彼の特製のタコタイスを娘たちと一緒に堪能する。
今日の空手は初心者クラス3人がダニエル氏の指導うけた。その後、有級者有段者の稽古が始まる。
ストレッチや補助鍛練運動のあと、定位置・移動の基本稽古を行なう。
その後、ニグループに分かれ、セーサンの型とワンシューの分解稽古を行なう。
20110930 029.jpg自ら型を納得して、型を深化させるためにも、分解稽古が重要である。
合理性へ富んだ外国人だが・・・分解稽古へ励めるように手立ても必要だろう。
後半は一部を残して、古武道稽古へ入る。昨日の復習で津堅、朝雲、釵Ⅰ、釵Ⅱを繰り返し行なった。

いよいよ明日から、空手古武道の合宿が始まる。
朝が早いが・・・頑張ろう!!


2011年9月30日 23:59 |

住めば都・・・

スウェーデンへ来て、8日目が経過。
20110929 006.jpg 20110929 005.jpg午前中は特に予定もなく、周辺の遊歩道を散策する。
ほぼ3kmだろうか、散歩するが・・・人をはじめ、動物に遭遇することもないぐらい静かな情景が大好きだ。
途中初めて、車に出会うが、運転手さんに心配?して貰って、声が掛かる。
意味は良く知らないが・・・「Don't worry. I'm all right」と返答すると過ぎ去った。
少しづつだが、周囲とのコミュニケーションがとれるようになった。

20110929 021.jpg 20110929 016.jpg午後4時から、ホテルのトレーニング場で、少林寺流の型をRobertと稽古する。一時間後、場所を移動して、近くの施設(日本の消防訓練学校)で、ロバートとアンダーシュで古武道の稽古を始める。昨日の復習を兼ねて、徳嶺、津堅、 20110929 020.jpg朝雲を指導する。同時に新しい課題で周氏の棍を教える。
なかなか、いいペースで進んだので、釵の型へ入る。
こうなれば二人の希望を問いかける。リクエストに応え、釵Ⅱ、千原の釵まで練習させる。
すべてが、なかなかいい感じでゆくのでカルチャーショックは全く無い。
午後7時に稽古終了。その後、近くのホスト・ファミリーから招待され、シャワー後にむかう。

20110929 025.jpg日本人に合わせて、ご飯があったので嬉しかった。
郷に入れば、郷に従え・・・
それが出来る人には、住み心地は最高だ!! 


2011年9月29日 23:58 |

求道の実践

こっちへ来て初めて、どこへ行くこともなくゆっくり過ごせた。午前中は少しばかり周辺をジョグして身体を温める。先日のクロスカントリーの影響はなく、長閑に一日が過ぎた。
20110928 005.jpg 20110928 007.jpg遠くの地平線まで見える情景は、心の底まで暖かく包み込んでくれる。

今日は、ここは空手の日。午後から初心者教室へ参加することになった。少しだけ夕食を早めに摂るようにと、ホテルのラッセ氏から案内があった。ちょうど五時頃だっただろうか、今日は軍人さんの団体が、訓練後に宿泊にやってきてエントランスが賑わっている。胴衣を持参して、そこを通りがかると、オキナワカラテ、カラテ・・・と声かけられる。今や空手着も沖縄空手のシンボルのようだ。

20110928 009.jpg20110928 010.jpg空手教室へ到着すると、既に6人の初心者グループが待っていて、ラッセ氏が指導にあたった。練習メニューが少林寺流求道館の練習メニューで行なわれている。
座礼で練習開始。小走りのランニングでウォーミングアップが始まった。そのまま練習に入ると寒過ぎる。だから走ることを取り入れたと話していたが、あとは定位置、移動での基本鍛練が始まった。
求道館で練習するような円になった風景である。ロバート氏の粋な計らいが感じられる。
普及型Ⅰ、Ⅱ・・・アーナンクー、セーサン、ワンシューの型稽古が反復されるが、ここでも楷書の型と一撃必勝の実践である。
地球の裏側・・・最も遠いところからやってきた少林寺流門のロバート氏の心意気を垣間見る思いがした。

予定の時間も過ぎ、居残りのメンバーで古武道を開始。徳嶺、津堅、そして今日から新しい課題として朝雲の棍を指導した。はじめて型なので数回繰り返して、型を真似てもらった。
勘も良くて、いい感じに進んできたので、数箇所の理合を説明し、分解説明を行なう。
基本姿勢、打ち込み時のインパクトの得方も学習させる。
最後に釵Ⅰを繰り返し練習する。体格に恵まれたメンバーの今後の仕上がりに期待して本日の稽古を閉めた。


2011年9月28日 22:57 |

最古の町・・・シグチューナへ

午後からパブロの車で西の方へ出かける。国内最古の町・・・南にメーラレン湖の水路のシグチュー20110927 028.jpg 20110927 032.jpgナを散策する。
海洋民族バイキングが980年に造られたという港町である。沖縄で言えば糸満の町でしょうか。
町の最古のメインストリート・・・ストラガータン(Storagatan)通り沿いには低い木造の町並みが続き、13世紀からの古い教会が点在し、それ以前の石造りの教会の廃墟などが散在します。岸の遠景に見蕩れて時の経つのも忘れてしまうほどだ。
クルーザーが係留される港に離れた場所に、今は少なくなったサバニ(クリ舟)に似た船があることにはビックリした。
20110927 014.jpg 20110927 006.jpg沖縄が海洋民族だった証を遠く離れた北欧の地でみる思いだ。

日暮れの頃、帰路に向かうがパブロの家で連日、夕食を頂く(感謝)
20110927 035.jpg今日はスウェーデンのオムレツだった。キッチンから匂うだけでそれだ!と分かる美味しさだ。

奥さんから貰ったレシピには卵三個、水ー大さじ二杯、塩ー少量、トマト・タマネギ適量、ハム、胡椒があった。

帰国後は特製オムレツに挑戦したいものだヾ(^-^)


2011年9月27日 03:56 |

文教の町をゆく

ストックホルムと反対側の町へウプサラへ、午後からパブロが車で案内してくれた。
20110926 009.jpg 20110926 011.jpg1477年に創立されたウプサラ大学を中心に栄えた町だという。

ウプサラ城を築いた国王グスタフ・ヴァーサが宗教と政治を結合させて、大学も町も発展したという。ウプサラ中央駅とフィリス川に挟まれた場所が繁華街となっている。
①ウプサラ城、②リンネ博物館、③グスタヴィアヌム(歴史博物)、⑤ウプサラ大聖堂をまわる。

20110926 032.jpgウプサラ聖堂内に眠るグスタフ・バーサと横たわる二人の后がねむっている。大聖堂博物館には大聖堂に伝わるた宝物が展示されていた。

帰りはパブロの家で彼手づくりの夕飯をご馳走してもらった(感謝)
奥さん、二人の娘さんと五人で夕飯を済まし、5分足らずの場所に空手教室があった。

今日は、空手と古武道が課題である。手早く基本鍛練と移動基本稽古を済ませ、型稽古に進む。
20110926 047.jpgパッサイをボッセとアンダースに指導し、あとは古武道を学習することになった。

徳嶺、朝雲を指導し、釵では釵Ⅰを指導した。

初めての課題もあったが・・・皆さん、熱心に取り組んだことが印象的だった。


2011年9月26日 07:08 |

古都の散策

滞在三日目。ロバートとアンダースに案内されストックホルムを回ることになった。20110925 004.jpg
ストックホルムは北欧のヴェニスと称される水の都。その眺めの一望できる高台へ車を置いて、ヴァイキングターミナルが下に観える観光スポットからスタートする。
昨日の脚の痛みはさほど感じず、ほとんど徒歩で回る。大小14の島からなるストックホルムなのだが、有名なガムラスタンへ向かう。
石畳を踏みしめながら①鉄の広場、②ドイツ教会、③大広場、④ノーベル博物館を歩く。広場のカフェコッペンで一休みして、⑤大聖堂、⑥王宮を回る。正装を身にまとった衛兵が小銃を抱えて立っている。日本のどこかで観る光景だ。

20110925 002.jpg 20110925 018.jpg右手に国会議事堂、左手遠くに名建築といわれる市庁舎を観ながら、中央駅周辺へ向かう。
ノルディック・シー・ホテルのロビー脇にアイスバー・ストックホルムがある。室内温度がマイナス5度に設定され、内装もグラスも全部が氷で出来ている。
195クローナで防寒着のレンタルとマンゴーの 20110925 027.jpgウォッカを試飲するがすべてが氷と言うのが面白い。
そこで初めての日本人から声を掛けられ、カメラのシャッターを押してあげた。
その後、夕食は市内でインド料理を摂り、地下鉄を載ってスルッセン駅へ向かう。
出口の先に近くに車を停めた場所があり、コースを案内してくれたアンダースには感謝した。


2011年9月25日 06:10 |

伝統のクロカンへ

今日はリディンゴロペッド島で伝統のクロスカントリーを走る。
20110924 001.jpg時差ぼけに食生活の不慣れから体調は順調ではないが、本大会伝統の30kmクロスカントリーに挑戦することになった。ゼッケン№90962で13:50のスタートである。Daniel氏が11時ごろ、宿まで迎えに来た。会場の混雑を避けるため、車からバスへ乗り換えて移動する。スウェーデンのあの赤い色のバスが会場へピストン運行されている。数分の間にDaniel氏が準備したサンドイッチとドリンクを昼食代わりに摂る。会場は人で溢れていた。Daniel氏はスタート時間が迫り、別々で行動することになった。
少々不安はあるが、エントリー通知書を持参してゼッケン番号とタッグ、荷物引換え用のシールを受け取り、荷物預け場所へ無事たどり着く。NAHAマラソンのような光景の中、指定されたスタート地点を移動するのだが、大会最後のグループなので人の流れを追いかけるようについて行った。賑やかな音楽が近づいてきた頃、山道から藪へ入る姿が多くなったので気になった。何と外国人の立ちション!?なのだ(笑)。奥の方から女性もできたのはビックリだった。それでも会場につく頃にはその訳が読めた。会場に設置された仮設トイレにはアリのような行列をして待っているのだ。スタート時間が迫り、会場の藪で済ませる姿が多くなった。軽快な音楽に合わせて踊りながら身体を解す。スタート時間へのカウントダウンが始まり、一斉にスタートする。30kmという距離より、起伏の激しいタフなコースは想定外。1キロを7分ペースで15キロを走りきっ20110924 014.jpgた。まだ半分なのだが、そこから益々起伏が激しくなった。両足に痙攀が起こった。初めて経験する痛みを堪えながら歩くことにするが一向に治まらない。周囲には日本人はなく話すこともできない。

殆ど歩き続けてやっとの思いで25k地点へ辿り着く、しっかり気を引締めて、ゴールまで走りぬくことが出来たが、初めて味わう苦い体験だった。

無事、メダルを手にして、相棒のDaniel氏に連絡をとった。代わりに預けた荷物まで持ってくれたのが嬉しかった。あとで知ったのだが、ゴールする姿の見えないことを心配して、携帯へは多くの着信やメールが入っていた。相棒には多大な心配を掛けて申し訳なかった。

20110924 008.jpg 20110924 004.jpg大きなハプニングによりシャワーする時間もなく、道場生の家でのホームパーティーへ向かうことになった。沖縄から持ってきたコーヒー泡盛とキングサイズのTシャツを感謝の気持ちで持参した。スウェーデン慣習に従い、バイキング形式で真っ先に料理を勧められた。疲れた身体に一層温かく感じた。ウォッカで乾杯しながら、ビールと美味しい料理でもてなされた(感謝)

Robert氏は二つの映像を持ってきて皆に紹介した。1996年の世界武芸祭で渡仏したときのビデオと、もうひとつは存在が知らなかった小生の20代チントー映像であった。松林流の長嶺将真先生の範士10段祝って、常延先生に連れられて演武したときのものだった。50代の恩師の徳嶺の棍はYou Tubeで見ることはあったが、自身の演武は初めてあった。記念のジャージをプレゼントされたが、Robert氏に感謝の気持ちで一杯だった。(感謝)


2011年9月24日 06:49 |

はじめての交流稽古

昨晩はアーランダへの到着が遅かったので、ほとんど寝ることができなかった。
午前、午後は投宿地の緑豊かな静かな環境のなかでのんびり過ごすことができた。
夕方から予定を変更して、急拠学校の体育施設で空手の稽古が入り、そこへ向かった。

学校の体育館は、学校の時間が終われば、諸団体に解放されているそうだ。少林寺流空手の団体や地域のスポーツクラブも利用するという。入り口のドアはセキュリティで施錠されていて、カードを挿入して番号を入力して開く。両端別々に入り口があり男女で分かれる。まず更衣室、シャワー室、トイレがあり、着替えてから各々が衣服をバッグに詰めて体育館に入る。大きさこそ広くはなくそこそこなのだが、天井には吊り輪があり厚いマットまでがコンパクトに収納されている。外気温が10度前後なのだが、まだ空調の時期ではないようだ。メンバーが揃うまでに時間があり、数年ぶりに会ったダニエルは既に到着して、初心者クラスの男性をマンツーマンで指導していた。

20110923 002.jpg定刻になると多くの練習生がやって来た。メンバーには子供はなく皆が身体の大きい人たちが目立つ。2m近くもあるような人も居て会場が小さく感じてしまうほどである。Robert氏の配慮で日本人の通訳まで付けて貰った。通訳の三郎氏はスウェーデンへ渡って40年以上になるという。
Robertから通訳を通じて簡単に紹介されたあと練習に入った。沖縄で稽古するようにストレッチで身体を解し、定位置、移動の基本稽古済ませ、型稽古へ入る。普及型からアーナンクー、セーサン、ワンシューまで型を反復稽古する。その後に約束組手があったが身体の大きいだけにパワーもある。熱くなる人もいる 20110923 004.jpgのでアクシデントのことも聞いたが、心得はあってか今のところないそうだ。皆が紳士的なのだ。途中から来沖経験のあるアンダースとも再会した。Robertから二人への指導を依頼され、一緒にチントー&クーサンクーを稽古した。少々型の修正を助言した上で反復練習を行なった。

稽古後に近くのレストラン(中華料理)で夕食会へ向かった。遅い時間の入店で宿へ持ち帰りになるかもしれないとあった。(沖縄のように遅くまで開く店はないそうだ)最後の客だったが無事、夕食を摂ることができた。帰りはホテルのLasse氏に送ってもらった。(感謝)


2011年9月23日 06:37 |

スウェーデン渡航

迷走する台風で二、三日前からやきもきしていた。
どうやら成田へ行くための飛行機は飛びそうもない。
予約の時間を繰り上げて朝の早い時間に飛ぶために、未明に起きてタクシーで空港へ向かった。
時間が早いので職員は不在だが、航空会社のカウンターへ人が集まりだしてきた。
成田を経由して、ロンドンのヒースロー空港を経由して、その日の深夜にストックホルムのアーランダ空港へ目指す初めての一人旅でもある。台風の影響を避けるためにどうしても、一便への乗り換えが必要だ。事情を説明して何とか朝の飛行機に乗ることができた。
沖縄本島は台風の直撃は避けたものの、昼間に影響はあるものは想定していたが、予約した便の欠航が携帯のメール入ったのは成田の宿に到着したことだった。
そこでも台風の進路にあたり大幅に空のダイヤが変わっていたので、今度は国際線の影響を考えて対応しなくてはならない。お陰で翌日の台風の通過を確認するまで安心して眠ることができなかった。翌日は台風の影響の少し残り乗り継ぎ機の到着が遅れた。その影響でJAL401便は定刻を少 20110922 014.jpg 20110922 019.jpgし遅れて、イギリスへ飛び立った。13時間近くの空の旅なのだが、周囲は日本人が殆どなので気にすることもなくノンビリ時間を過ごした。

現地時間15時16分、ヒースロー空港へ第三ターミナルへ到着した。当空港は欧州を代表するハブ空港で最大の広さであり、乗り継ぎの第五ターミナルへ連絡バスによる移動である。
その頃から周囲は日本人が消えて一人だけだった。乗り継ぎでのセキュリティーチェックで成田で何 20110922 024.jpg20110922 032.jpg無かったブザーがなり裸足になり身体チェックを受けた後探知機を通るが、また警報は鳴った。
再度、身体チェックを受けたが何も無いと分かるや許可されたが、これほど厳しいようだ。

ストックホルムのアーランダ空港への出発は現地時間で20時20分なので、搭乗ゲート確認してからゆっくり過ごすことにした。しかし、多くの飛行機の離発着する当空港では50分前にゲートの案内がされるので移動に心配だったので、BRITISH AIRWAYSの窓口で片言の英語で聞いた。
BA786便が21番搭乗口であることを確認して、出発までの時間を過ごすことになった。

スウェーデンへの乗り継ぎ便の出発時間の頃、搭乗口には多くの人がやってきたが、日本人はもう一人も無く小生だけだ。北欧の大柄な人たちと一緒に載りこんだ。機内が異様に狭く感じた。機内への持込が多すぎるので手荷物置き場まで無い状況である。アーランダへ到着する頃、入国審査のためのカードがないか尋ねると・・・スウェーデンでは入国カードは要らないということだった。

23時16分、目的のストックホルム・アーランダ空港に到着する。到着表示の案内を確認しながら進み、入国審査を受ける。順番がやって来たが、なかなか聞き取れなかった。入国の目的と期間、滞在地を尋ねていることがそれとらしく分かったので、片言の英語で返答して、パスポートのみで入国を許可された。

空港にはR氏とTre RosorホテルのL氏が迎えに来てくれて、宿泊地のホテルへ直行した。
空港から10kmの場所なので早めに到着して、長い時間からようやく開放され休むことができた。(続)


2011年9月21日 06:12 |

未来へ響け、沖縄の空手

日本有数の移民県である沖縄。戦前、戦後を通じて海外へ雄飛した。
その県人関係者が五年おきに母なる地、沖縄に集う。その祭り「世界のウチナーンチュ大会」の開催まで一ヶ月に迫った。
いろいろな感動のイベントがある中で、空手の奉納演武や演武交流祭が行われる。
大会初日に県無形文化財保持者の長老の先生と四団体のトップによる奉納演武。
二日目には開会式が行われ県立武道館での開会式、四団体から選出された高段者演武や海外参加者の個人・団体演武。三日目には少年少女集団、高校生・大学生の集団、女性空手家らの集団演武と四団体のそれぞれの持ち時間で一般演武が行われるのだが、少林寺流として千武館、洗心館、西原道場合同の団体演武を行う。

20110913.jpg恩師の一周忌が済んだ今日の求道館自主稽古へ洗心館館長が参加してくれた。
過去のウチナーンチュ大会のセミナーで、いつも県人の魂を讃え、空手のことを熱く語ってくれた恩師。
今回は一般団体演武でアーナンクー・セーサン・徳嶺ぬ棍を力一杯演じます。
流会派を代表する高段者演武へ洗心館館長が立ちます。
初めて恩師の姿の見えない広い場所で緊張と期待が入り混じります。
出演者の皆さん!先生の教えた空手の型をしっかり残すためにも、空手の心と技・・・
そして、修行成果の足跡をしっかり刻んでいきましょう。


2011年9月13日 23:05 |

心の思い

恩師のご逝去から、もう一年が経った。
隔絶された心の思いを鎮めようと三七日から始めた自主稽古を休むことなく続けてきた。
CIMG4636.jpg生前から恩師の見守る中で取り組んだ「心の修行」・・・週一回の自主稽古である。
恩師の遺した稽古場と教わった空手の心と技へ、感謝の気持ちを込めて稽古場へ通った。
自主稽古の相棒のAさんは60代過ぎての入門で、職場を恩師が施設長を勤めたことが縁で、空手は再挑戦である。
まもなく80歳を数えるのだが、少し早い時間に稽古場へ着き、屋敷内を掃除してき CIMG4637.jpgた。
そのさり気ない態度に影響され求道館を綺麗に維持することが出来たと言っても過言でない。
県外から訪ねてきた求道館門下生にも応援して貰った除草作業もあったが、結構な労力となった。
暑さの厳しい中に一緒に汗を流すことで恩師を偲ぶことになっただろうか。
先日から恩師の一周忌法要に併せて、兵庫からGさんが沖縄を訪ねてくれた。
白露を迎え、南国沖縄の朝夕はめっきり涼しく感じるが、それでも日中はまだ30度を越える。
この暑さの下で草刈作業と求道館稽古はどうだったでしょうか・・・
一周忌の法要にも丁重にお参りしたGさん、ご苦労さま。そして、ありがとう・・・
CIMG4705.jpg綺麗になった庭先へ「デージ、上等!!」と声高に聞こえる気がした。
直前まで近くの武道館で稽古してシャワー室で汗を流し、空港へ駆け込んだGさん。
生涯武道は、これからの修行が長くなるでしょう。
恩師に教わった空手の技を窮めて、心を磨いて恩師に少しでも恩返ししましょう。
それぞれの地で心の思いを胸に刻み、稽古に励みましょう。(感謝)


2011年9月 8日 19:25 |

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