TOPへ > 少林寺流の歩み > 少林寺流空手道の命名

沖縄空手|少林寺流斯道の舘

少林寺流空手道の命名

ayu1.jpg喜屋武朝徳(きゃんちょうとく)先生は、松村宗棍(まつむらそうこん)(首里の達人で武士松村として知られる)や外数名の達人より八つの型を授けられたが、師の教えた通りの型をそのまま保存継承するという無修正主義を尊重(そんちょう)していました。
すなわち、自ら身に修めた八つの型には、いささかも潤色(じゅんしょく)を加えず忠実にこれを守り、弟子たちに伝承されました。
仲里常延(なかざとじょうえん)先生は、このように絶対に創意(そうい)工夫(くふう)を加えようとしなかった喜屋武朝徳先生の志(こころざ)しをくみ取って、型が次々と変えられて行く現代の空手界の風潮に対する反動として、型の無修正主義を尊ぶ気持を強く掲げて、全ては源流にたちかえれという理念のもとに「少林寺流(しょうりんじりゅう)」と流派の命名を行いました。
また、「少林寺流」というのは中国拳法の始源といわれ、ayu2.jpg
さらに沖縄の「手」(てぃ)の発達に大きな影響を与えたと考えられる中国の少林寺拳法に因(ちな)んだ結果の命名でもあります。
さらに現実的には、喜屋武朝徳先生の伝承された八つの型と、他の首里手(しゅりてぃ)(ショウリン流系)と区別するための命名の結果が「少林寺流(しょうりんじりゅう)」の主な理由であります。(仲里常延著書「求道」より)


2008年5月20日 16:20 upload

PAGETOPへ