仲里常延先生の著書

修行者の心得

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沖縄空手|少林寺流斯道の舘

修行者の心得

少林寺流開祖 仲里常延

■車中でのエチケット
K20_1.jpg戦前沖縄の主な交通機関は、那覇を起点とした沖縄県営の糸満線・与那 原線・嘉手納線の三つの軽便鉄道でした。 車内は、両窓を背にした長いこしかけで、相対して座っているわけです が、その時「まきわら」で鍛えた手の甲をひざの上において、見せびら かすのは、非常に、見苦しい光景で絶対につつしむべきであると教えら れたのであります。

■生卵と生木の教え
素人のけんかは、生水と生木をたたき合う様なもので、皮がやぶれて汁 が出る。だがたいしたことはない。しかし、玄人のけんかは、生卵と生 卵を両方から、転がしてぶっつけると同じく、両方割れるか、又は、必 らずひびが入るのである。空手で鍛えた人のけんかも、まさしく生卵と 生卵をぶっつける様なもので、絶対にけんか、口論はつつしむべきであ ると、教えられたのであります。

■無言の教え
喜屋武朝徳先生が住んでおられた読谷山村字比謝橋は、奄美大島方面か らの移人した子牛を売買する市場があり、親元・仲買人そして、沖縄県 下から集った牛買いの人々で、いわゆる牛市場を中心に栄えた所であり ました。飲食店や遊郭も数軒あり、時には、近隣の村々から荒くれの若 者も集まり、にぎやかな比謝橋部落でした。ある日の夕暮れ時、比謝橋 の左岸にある伊波風呂屋に数名の若者がドヤドヤと入ってきました。小 柄な喜屋武先生も先程から、数名の客と汗を流していました。しばらく して、筋骨たくましい大男が、先生の洗い桶をとろうとしたので、先生 は、最初から、この男のふてぶてしい態度を見ていたので、そ知らぬ顔 をして、すぐ右手で洗い桶をおさえ、左手のタオルで、身体を拭いてい ました。大男は、釘付けでもした様に微動だにしない、洗い桶に腹を立 て、さらに無礼な行動に出ようとしたので、となりにいた客が見かねて 「この方は喜屋武朝徳先生ですよ」と、たしなめると、この大男は、顔 色もなくなり、謝るのも忘れ、着物を小わきにかかえ逃げる様に風呂屋 を出て行ったという。


2008年6月12日 11:24 upload

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