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沖縄空手|少林寺流斯道の舘

恩師の長寿会を迎えて

85歳のトゥシビー迎えた恩師と私

少林寺流志道舘 親川仁志


恩師仲里常延先生は、中学校の頃、私の社会科担任であった。さらに私は、中学3年にクラスの担任として、沢山、お世話になった。また、先生と私の亡き父とが、同郷で旧制中学時代から友人であり、親交が深かった。さらに、互いに旧家で、屋号が同じく「親川(ウェーガー)」であり、先生と父との交友は続いた。こういう縁もあり、私は子供の頃から、先生宅によく出入した。腕白ぶりも目に余って、父が手を焼き先生の空手道場にあずけられたのがその頃である。あれから幾年が経っただろうか、今年は戌年、先生が85歳の生年(トゥシビー)祝いを迎えた。この機に、教え子の一人として、また求道館の門下生として、先生の長寿と健康、無病息災を願い、心よりお祝いの言葉を贈ります。「先生、85歳の生年祝いおめでとうございます。いつまでも元気で長生きして下さい」。
PIC00014.jpg先生は1938年4月より1943年12月まで、明治・大正・昭和にわたって拳聖と謳われた喜屋武朝徳先生に師事し、本格的に空手道を修行した。
当時の空手指導者は、互いに得意とする型以外は、他の指導者に紹介することを謙譲の美徳としていたので、複数の指導者に師事することが多かったという。しかし、恩師は、県立農林学校・青年師範学校・赴任先の学校が、喜屋武朝徳先生の嘉手納唐手研究所の近くであったため、長期にわたって、同じ師の下で、修行することができた。このことが、恩師が喜屋武朝徳先生の「唐手」の全面的な継承を可能にした。
去る大戦では、九死に一生を得る思いで、タイ国で終戦を迎えるが、その間、幾度と経験した窮地から身を守り無事生還できたのは、空手で磨かれた不動の精神力と困難を克服しようとする本物の気迫であったと回想している。松林流の開祖・故長嶺将真先生によれば、当時は、富国強兵策として兵役の迫った青年達が、空手道場の門に入ることはごく普通であったというが、後に多くの青年が戦地に散ったと語っていた。まさに少林寺流空手道の継承は、先生の復員で可能となった。復員後は、熊本県内で空手道場を開設し、戦後の精神的荒廃に歯止めをかけるべく、戦後の復興に尽力した。帰沖後の1952年3月から、教鞭の傍ら、南城市知念の風光明媚なご自宅で道場を開設し、青少年の健全育成のための武道として指導に当たった。その間、先生の薫陶を受けた方々は、千数百にも達しているであろう。
先生は、型が次々と変えられていく現代の空手界の風潮に対する反動として、拳聖喜屋武朝徳の意志を汲み、すべては源流に立ち返れという理念の下に少林寺流空手道を命名した。今や、少林寺流の開祖として、首里手系の伝授者を代表する斯道の大家として国際的に知られている。先生の型指導は、無修正主義が貫かれ、「一器水瀉一器」の如く相承し、道統連綿して現在に及んでいる。具体的には、形の集大成を型として、普段の型稽古は、楷書の型を奨励する。気迫の弱い突き・蹴りを厳しく指摘し、一つ一つ、丁寧に実行することを強調する。これは、「差うこと若し、毫釐ならば、繆るに千里を以てす」の如く、型の継承においても、最初の違いが毛筋一本ほどの小さなものであっても、それがのちになると、千里の幅の相違とる。過ちは、はじめを慎まねばならないと諭しているようだ。
先生は、常に空手における武道性と伝統性に普遍の原理原則を求めつつ、斯道の発展に尽力した。やがて、沖縄空手道の発展・充実のため多大な貢献が認められ、2000年9月、先生は沖縄県指定無形文化財「沖縄の空手・古武術」の保持者に認定された。その時の喜びを「80年の人生で最高の名誉」、「継続は力なり」、「空手から学んだことは寛大な心」、「今後も後継者育成にまい進する」と語った。この歳で、実に感服の至りである。
最後に、深い感動を受けた剣士の遺訓を引用したい。昭和の剣聖とよばれ、80歳を過ぎても現役選手を寄せつけなかったというある剣士の言葉を思い出す。持田盛二先生は、明治に生まれ、剣道10段を贈られた不世出の剣士である。89歳で倒れるまで道場に立ち続け剣道の真髄についての言葉を遺した。「剣道は50歳までは基礎を一生懸命勉強して、自分のものにしなくてはならない。普通基礎というと、初心者のうちに修得してしまったと思っているが、これは大変な間違いであって、そのため基礎を頭の中にしまい込んだままの人が非常に多い。私は剣道の基礎を体で覚えるのに50年かかった。私の剣道は五十を過ぎてから本当の修行に入った。心で剣道しようとしたからである。60歳になると足腰が弱くなる。この弱さを補うのは心である。心を働かして弱点を強くするように努めた。70歳になると身体全体が弱くなる。こんどは心を動かさない修行をした。心が動かなくなれば、相手の心がこちらの鏡に映ってくる。心を静かに動かされないよう努めた。80歳になると心は動かなくなった。だが時々雑念が入る。心の中に雑念を入れないように修行している」。
私は今後、心の修行がどのくらい進んだか試す場として求道館宗家道場を通い続けたい。私はこれから「心で空手をする」ことをめざし、本当の空手修行に入りたい。いま、少林寺流空手道は門下生の大幅な増加にともない、古流型の技法と解説、理論体系化をはじめ、組織の増大等、未曾有の進展を遂げている。拳聖喜屋武朝徳先生の教えを正しく、幾年後の今日に伝え、少林寺流空手道の原形を当代へ継受する唯一の道場、そこに求道館宗家道場がある。
高鳴る気合、求道館
技の心、八五年の修行、真只中
八五歳のトゥシビー祝い 万歳!

2006年4月9日


2008年6月17日 23:58 upload

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